SiO2Etching33 の変更点


#author("2020-12-04T19:57:52+09:00","default:ishikawa","ishikawa")
[[SiO2Etch]]

**2.10 X 線光電子分光法

***原理[114]

 単色のX 線を固体表面に照射すると光電効果よって固体はイオン化し光電子が放出される.光電子分光法は,この放出される光電子のエネルギーを分光検出して固体表面(近傍)に位置する物質の電子状態を調べることができる.このX 線を励起源として用いる電子分光法はスウェーデンのウプサラ大学のK. Siegbahn によって開発された[115]. 物質の結合エネルギーよりも大きい場合には電離が誘起される.この光電効果によって発生する電子を光電子と呼び,この時の放出電子の運動エネルギーEkin はEkin = hν − Ebin −Wで表される.ここでW は試料の仕事関数である.真空準位とフェルミ準位を合わせておけばW は無視できて,ここで,Ebin は放出電子の試料中での束縛エネルギーで光電子の結合エネルギーと呼ばれる.この関係から,光電子の運動エネルギーを分析することで,結合エネルギーに関する情報を得ることができる.光電子発生は物質中の内殻電子は価電子の状態によっても変化する.このエネルギー変化のことを化学シフトと呼ぶ.水素以外の全ての元素について励起X 線のエネルギーがイオン化に有効な場合には軌道電子の放出を伴う元素分析が可能である.

***非弾性散乱平均自由行程

 X 線照射で発生する光電子は固体試料の内部では非弾性散乱や弾性散乱によってエネルギーを失う.この試料へのエネルギー吸収がなく,発生した時のエネルギーを保って試料表面から脱出して検出される電子は一部である.この電子の運動で非弾性散乱を起こす平均距離をλ とすると無衝突で脱出する電子の確率P はexp(−z/λ) となる.この平均距離のことを非弾性散乱平均自由行程(Inelastic mean free path: IMFP)と呼ぶ.このIMFP は光電子が固体試料を通過する際に,電子は固体試料の誘電関数から求められるエネルギー損失関数Im(−1/) でエネルギーを失う[116].

***化学シフト

 光電子スペクトルは内殻準位の結合エネルギー差である化学シフトにより化学結合の状態分析が可能である.内殻軌道準位のエネルギーには原子核の正電荷と電子の負電荷の反発によって決まる静電ポテンシャルが作用する.この大きさは対象とする原子の価数に比例すると考えられる.Lucovsky らはSi-C 合金のSi 2p 内殻準位の化学シフトを説明するために局所的電気陰性度の概念を導入した[117]. アモルファスSi やアモルファスSiO2 内の点欠陥Si 原子に水素やフッ素原子が結合した場合に,そのSi 原子の電気陰性度は結合する原子の電気陰性度との幾何平均で決まるとした.すなわち,電気陰性度χA は,配位する原子の数n に対して,その局所的電気陰性度χ の幾何平均より(式)で求められるとした.Si に4 配位する1 から4 の原子で与えられる局所電気陰性度は(式)である.Sanderson らによる原子の電気陰性度はSi で2.84,O で5.21,H で3.55 と知られている[118].この値を用いるとSi2p 内殻準位の結合エネルギーはE(Si)(式)で与えられる.

***X 線源

 通常のX 線源は高エネルギーの電子を金属のアノード(陽極)に衝撃させて放出するX 線を利用する.数KeV の電子を入射するとターゲットの内殻電子がイオン化して放出され,生成したホールと外殻電子が再結合して特性X 線を放出する.減速する電荷から放出されるパワーは減速の絶対値の平方根に比例する.そのため,アノードに衝撃した電子は数 μm の領域で減速するので,減速 v˙ はかなり大きく高輝度な X 線が得られる.タングステンフィラメントによって電子を数10kV で加速して,0.1 から10mA の電流を引き出してターゲットに衝撃する.効率は悪く1% 程度しかフォトンに変換されず,0.1mA で大体1012 photons s−1 が得られる.X 線領域の窓にはアルミニウム薄膜の窓が使われる.注入された高速な電子がターゲット中でエネルギーを失う過程で内殻電子が放出されてホールが生成され励起状態になる.この放出電子により生成するホールの再結合が特性X線を放出する.ホールが生成する内殻電子準位によって,K,L,M,N,. . . 励起状態と呼ばれる.A l Kα は1486.6 eV,Mg Kα は1253.6 eV である.それぞれ半値幅は0.85eV と0.7 eV である.

***バックグランド

 スペクトルのバックグランドは,非弾性散乱する電子が存在するために低運動エネルギー側に裾を引く形になっている.Tougaard が提唱した方法に従えば,X 線照射により生成した光電子のエネルギー分布をf(E) として,観測されるスペクトルは,J(E) =(式)で表される.ここで,G(E) がE0 − E のエネルギー範囲で光電子が非弾性散乱する応答関数であり,(式)を提案した[119, 120]. オリジナルのパラメータはB を2866 eV2,C を1643 eV2 としている.この応答関数を用いて,実測されたスペクトルをデコンボリューションすることで,真のスペクトルF(E) を求めることができる.