SiO2Etching34 の変更点


#author("2020-12-04T20:03:04+09:00","default:ishikawa","ishikawa")
[[SiO2Etch]]

**2.11 赤外分光法によるその場実時間観察技術の開発

 エッチング反応表面を“その場時間分解”で観察する手段として,赤外分光法が以下の点で優れている.

1. 高真空を必要としないこと,

2. 対象とするSiO2 とa-C:F に関する化学情報が得られること,

3. 十分な時間分解能が得られること,

などが挙げられる.プラズマエッチングは減圧下(1Pa 程度)で実施されるものの通常の表面分析(電子分光など) を行うには圧力が高すぎる.したがって,高真空不要な測定手段であることが望ましい.光学測定手段ではそのような制約が課せられないのはいうまでもなく,その中でも赤外分光法は紫外や可視の分光では得られないSiO2 やCF の化学結合情報を引き出せる点で優れている.その反面,紫外や可視分光などで得られる高い時間分解能が得られないといった問題を抱えていた.近年ステップスキャン方式[121–124]や非同期連続スキャン方式[125, 126],高速走査方式[10] といった高速測定手法が開発され,十分な時間分解能が得られるようになった.これらの理由から赤外分光法を駆使したエッチング反応表面の“その場時間分解”で観察する手法を開発する.

 これまでに,多くの研究機関から赤外分光法によるエッチング反応表面の“その場”観察結果が報告されている.1991 年広島大学の堀池のグループからKawamura らはGe のATRプリズムを使ってテトラエチルシラン(TES) プラズマ下流でのSiO2 膜堆積過程の観察を行った[127].その後,1994 年にKoto らはAr+NF3 のマイクロプラズマ下流に設置したSi のATRプリズムで表面のSiFx の形成を観察した結果が報告されている[128].1993 年にAT&T ベル研のZhou らはH2 やNH3 のマイクロ波プラズマの下流に設置したSi のATR プリズムの表面のSiH 結合とNH 結合のピークを観察した[129].また,同グループのAydil らはGaAs のATR プリズムを使って表面パシベーションによるAsH などの吸収を観察した[130]. 彼らの使用した実験セットアップを図2.33 に示す.その後,1994 年にはBailey とGottscho はSi のATR プリズムをつかってプラズマSiN の堆積過程をリアルタイムモニタした.基板の温度変化と内部多重反射のピーク強度解析をおこない,SiH とNHx 吸収ピークの変化を説明した[131, 132].1997 年にはUCSB*17に移ったAydil がGaAs のATRプリズムにSi を堆積し,その表面をCF4/H2プラズマによってエッチングする過程で表面のa-C:F 膜堆積の観察の報告をおこなった[133].1998 年に広島大学の廣瀬のグループからSakikawa らはGe のATRプリズムをRF プラズマのアノード電極に設置してO2/CF4 プラズマRIE 中のμc-Si 表面の観察を行った[134–137]. p 偏光のスペクトルを取得して1170cm−1 のピークをSiO の吸収と1010,930cm−1 のピークをSiFx にアサインし,プラズマエッチング中にSiOxFy 層が形成されると説明した.しかしながら,得られているスペクトル形状は歪なものであった.また日立のKawada らはエッチャーの内壁にATR プリズムを取り付け,その場でSiO2 系の堆積物をモニタする試みが紹介されている[138–140].

 ATR 法の他に,表面高感度化の手段として外部反射分光(RAS*18) 法を用いてその場観察した報告もある.RAS 法の高感度化原理は高反射面での反射の際の位相反転によるp 偏光成分の表面電場増強を利用するものである.p 偏光の利用はLO モードの検出も可能とするが,SiO2 のLO モードの波数位置(1250cm−1) はa-C:F 膜に由来するピーク波数位置(1150-1400cm−1) とオーバーラップする.単純なオーバーラップであればよいが,a-C:F 膜は単原子層レベルで定常状態であるにも関わらず,エッチングされるSiO2はピーク強度が時々刻々と減少していくために非常に複雑である.そのため,1) オーバーラップしない別のモードで観察するか,2) p 偏光ではなくs 偏光で測定するなどの回避策を講じる方が得策である.例え別のモード観察が低波数側で可能となったとしても時間分解能の高い検出器が少ないことなどの別の問題が生じることが予想される.したがって,s 偏光測定を選ぶ方が望ましいと考えられるが,RAS 法では原理的にs 偏光で高感度化されないことを既に述べた.この点からもこの系の観察にはATR法が優れていると考える.1996 年にTachibana ら[141] は位相変調を用いた赤外エリプソをDerevillon のグループら[142] とは別に開発した.図2.34 にそのセットアップを示す.Shirafuji らはpoly-SiのCF4 やCF4/H2,CF4/O2 のプラズマエッチング過程を観察した[143,144].エリプソから得られる光学密度という量で表面の吸収を観察し1010 と870cm−1 のピークをSiFxに,1250 と1150cm−1 のピークをSiO にアサインしてプラズマエッチング中SiOxFy 層が形成されると説明した.しかしながら,1220cm−1 にCFx ピークが見られると述べているにもかかわらず,得られたスペクトルには明瞭なピークが見られていない.その後,Lee らがCHF3 とC4F8/H2 プラズマエッチング中のSi 表面の観察を行い,a-C:F 膜が多く堆積する系で1220cm−1 にCFx が以前より明瞭に見られるようになった[145, 146].最近の1999 年にはMotomura らがこの位相変調赤外エリプソを用いてC2F6 やC5F8 プラズマの堆積条件でのa-C:F 膜を観察している[147].三菱電機のNishikawa らはCl2ECR プラズマ中のSiO2 表面でSiCl 結合によるピークをRAS 法により観察した[148–150].名古屋大学のHori のグループはIR-RAS 法でAr プラズマ中イオン照射有無でHFPOから生成したCF2 ラジカルを導入してa-C:F 膜の堆積が変わることを調べた[151].他にもシリコン窒化膜のC4F8 エッチング中のa-C:F 膜堆積表面を観察したがSiN とCF のピークがオーバーラップしてa-C:F 膜の信号は判別しづらかった[152, 153]. 他にChuらの報告もあった[154].RAS 法においては,Bermudez によって埋め込み金属基板の使用が提案され,金属基板を埋め込んだ半導体表面の観察で単分子膜程度の観察ができることが報告された[155].その後,分子研のUrisu らの報告でその有効性は報告されている[156].1997 年には堀池のグループのIta らからSi 基板にAl 膜を堆積して,その上に50nm のSiO2 をスパッタ堆積した表面のc-C4F8/Ar プラズマ中の変化をIR-RAS 法により観察した報告がある[157].しかしながら,エッチング系では半導体層の厚さが変化してしまうため埋め込み金属基板には適さないという点と,数nm と薄いa-C:F 膜に対して十分感度がとれてるとはいえない点で問題であった.

 以上のその場観察に関するフロンティア的な研究成果から,本研究を遂行する上で

• 単分子層レベルを検出する感度を如何に得るか,

• エッチングという一過性過渡現象を高い時間分解能で如何に測定するか,

• SiO2 の縦光学(LO) モードとa-C:F 膜のピークのオーバーラップ,

• 気相の信号のオーバーラップを如何に回避するか,

などに留意する必要があった.これらの点に関して,

• 全反射減衰吸収分光(ATR) 法を用いた単原子層レベル検出可能な高感度測定,

• 高速測定機能を有する分光器を使用した十分な時間分解能,

• ピーク・オーバーラップを避けるため,LO モードが検出不可となるs 偏光測定,

• 気相での吸収に勝る表面感度を得る工夫

などの手段を講じることにした.この中で一番の問題はATR 法を採用すれば,Si 基板(プリズム) を使用できなくなることである.Si ではCF とSiO 結合の吸収波数位置(1000~1400cm−1) の吸収係数が高いために,それらのピーク波数領域が不透明となってしまうためである.このため,1) 内部透過の光学パスを十分短くするか,2) Si ではない透過性の材料をプリズムとして利用することなどの手段を講じる必要がある.1 の光学パス短縮は表面感度の低下も導くため,Si 以外のプリズムを使用する方法を選択した.(プリズム上に薄膜を形成してやれば化学的な表面はSi やSiO2 を模擬することはできる.)

 プラズマエッチングの表面がイオン衝撃を受けるため,基板温度の上昇が懸念される.温度変化で材料の屈折率などが変化した結果,スペクトルにその影響が出ることが問題となる.加温状況を避けることは不可能なので,大きな接触面積で冷却ステージに密着させたり,基板温度をモニタしたり,屈折率の温度依存性の比較的少ない材料を用いたりといった手段を講じて,この問題に対処できる.