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[[SiO2Etch]]

*第1 章 緒言
*1.1 序
**1.1.1 情報処理について

 情報処理とは,ある目的を達成するために必要な制御を導く手法である.1948 年にノバート・ウィーナーが用いたサイバネティクスとして提唱したシステム理論では,通信と制御を統合したフィードバック系の中で考えられている.これは,自動制御やロボット,生物などに潜む属性としてのオートメーション(自動制御)の実現を科学することでもある[1, 2].

 体系を,還元主義的に,究極の要素=物質の集合と捉え,ミクロな量がマクロな量を決定するという考えがある.この考えに従えば,体系はボルツマンの法則にあるエントロピーという量の増大する方向に変化する.しかしながら,統計熱力学が扱うような絶対的に閉じた系ではなく,系は開かれており非線形性をもっている.このことは,オートメーションを可能とし,無秩序さを示すエントロピーの逆の意味で情報が捉えられる[3, 4].

 情報を元にシステムを構成する着想は,コンピュータで実現されている.今日のコンピュータの基本構成は,1945 年にフォンノイマンによって発表された.その構成は,中央演算部,演算の順序を命令する制御部,計算するデータと命令を蓄える記憶部,そして外部に結果を示す出力部からなる.この構成には,記憶部に計算のプログラムとデータを蓄えるプログラム内蔵型と特徴がある.このようにコンピュータを作る上で,演算部と記憶部が中核を構成する[5].

 ここで演算とは,1936 年にチューリングにより入力と出力と内部状態で決まるものであると考えられた.この演算を行うため最も単純なものにスイッチがある.したがってコンピュータには,このスイッチの役割を果たす最善の素子が求められ発展してきた[5].

 そして,そのスイッチには高速で低エネルギーで動作して,高密度に用意できることが要求され,半導体素子が今日まで不動の地位を占め,なお発展を続けている.本研究で対象とする半導体素子製造の説明に入るの前に,半導体素子について説明する.

**1.1.2 半導体素子の歴史

 半導体素子の最初の着想は1874 年のBraun の金属/半導体コンタクトの研究にはじまった.表面電界効果を利用した固体増幅器は1930 年代前半のLilienfeld に遡る[6].その後,1947 年のBell 研究所のBardeen,Brattain にSchockley を加えた三人によりバイポーラトランジスタが発明された[7]. 1958 年にはTexas Instruments Inc. のKilby による半導体集積回路(モノリシックIC)が発明されて,1959 年にはFairchild Semiconductor Corp. のNoyce によってプレーナー型トランジスタが発明された.1960 年にはKahng とAtalla によってシリコン熱酸化膜/シリコン構造を用いたMOS 型トランジスタ(Metal-Oxide-Semiconductor field-effect transistor)が発明された[8]. 今日のMOSFET 構造に近い形でプレーナ-トランジスタの断面模式図を図1.1 に示す.1967 年には,Dennard らによってダイナミック・ランダム・アクセス・メモリ(DRAM)が発明され,1970 年に1K ビットのDRAM が発表された.その後,DRAM は図1.2 に示すように,一つのトランジスタと一つのキャパシター(1T1C)の単純な素子構造に発展し,この単純な構造をもつために大規模なメモリが低コストで製造できるようになった.1K ビットからはじまった集積度は,その後3 年で4 倍の上昇率をもって年々飛躍的に高くなり,2005 年には1G ビットのDRAM が生産されている.

 しかしながら,DRAM では電源とリフレッシュ(記憶保持)動作が停止するとメモリ内容が消失してしまうという欠点がある.このことから揮発性メモリとも呼ばれる.一方,電源を切断しても記憶内容が消えない素子を不揮発性メモリと呼ぶ.この不揮発性メモリの一種としてKahng とSze によって発明された浮遊ゲート構造の電子的プログラミング・リードオンリー・メモリ(EPROM; UV-erasable programmable read-only-memory)がある[7]. このEPROM の時代には,記憶状態の書き込みはチャネルホットエレクトロンを用いて電気的に行えるが,消去するためには高電圧を掛けて紫外線を照射する必要があった.基本的なデバイス構造は図1.3 のようになっており,記憶状態をフローティングゲート(FG)への電荷蓄積状態として蓄えている.その後,チャネルとFG の間の酸化膜を薄くすることにより,トンネル電流によってFG への電荷蓄積状態を変えられるようになり,EEPROM(electrically programmable ROM)と呼ばれるようになった.さらに当時東芝の舛岡によって,一つの制御トランジスタで複数のメモリ素子を一括して消去できるフラッシュ・メモリの発明がなされた.

 この薄膜のトンネル酸化膜には電荷保持状態では絶縁膜であり,消去・書き込み時はトンネル電流を流す導通する膜であるという特性が求められた.このように一つの材料に多様な電気的な特性が求められるようになり,そのような多様な要求に最適化された材料を使いこなすことが望まれた.

**1.2 MOS デバイスの微細化と高集積化

 前述のMOS トランジスタを回路素子とする回路の集積度は,素子寸法の縮小によって飛躍的に増加してきた.素子寸法としてリソグラフィーの最小描画寸法を用いれば,1970年には10μm 近くあった素子寸法は,2005 年現在で既に100nm を下回り,65nm のものが生産されている.最新のトランジスタの断面写真を図1.4 に示す.図中の高解像度の写真ではシリコン基板の結晶格子が見られており,ゲート酸化膜の厚さは2nm 以下となっている.このようにまさに分子・原子レベルのデバイスが量産製造されている.

 旧くは集積回路で使われる基本素子はバイポ-ラトランジスタが使われてきたが,回路の集積度が高くなり単位面積当たりの消費電力が回路規模を制限する主要因になってきた.そのためトランジスタの高速動作にも制約が課せられるようになった.この制約から高速動作よりはむしろ低消費電力な素子に目が向けられるようになった.1963 年にはWanlass とSah によって低消費電力な回路技術としてn 型とp 型のMOSFET を組み合わせて使う相補型MOS(CMOS; complementallyMOSFET)トランジスタのアイディアが出されていた[9].このCMOS は単体で高速動作しないが,直流的な消費電力がなく低消費電力な回路である.大規模回路では一部のゲートしか動作していないことからCMOS はシステムの消費電力を大幅に低減できた.このため,今日の半導体超高集積回路(ULSI; Ultra Large Scale Integrated Circuits)といった製品化が可能となり,現在の半導体産業の基盤が築かれている.1971 年には4bit のマイコンがインテルのHoff らによって報告された[7]. そのダイ(シリコンチップ)の写真を図1.5 に示す.このチップの大きさは30×40mm でトランジスタ数は僅か2300 個であった.2005 年現在では1平方cm 当りに数千万個のトランジスタが集積されるようになった.1965 年にムーアにより提唱された“1 年でトランジスタ数が2 倍に向上する”との法則に従っており現在では2 年で2 倍程度に集積度が向上するというペースに落ちてはいるが,そのトレンドは未だ保たれている.

**1.3 MOSFET 動作原理とスケーリング

 半導体産業がULSI の集積度の向上に注力してきた背景にはスケーリング則がある.微細加工技術を進展させると,トランジスタの集積度が上がるのはもちろんだが,MOSFETのデバイス性能も向上する.このために付加価値の高い集積回路を提供できるからである.

 MOS トランジスタの動作原理について説明する[10–12].MOS トランジスタは前図1.1 のような断面構造となっており,極薄の絶縁膜を介してゲートの電界でチャネルにキャリアを発生させソース-ドレイン間を流れる電流を変化させる.ソース-ドレイン間にVds を与えた時に,ソース-ドレイン間を流れる電流ids は,ゲート電圧Vg によって変化する.Vds が低い時(線形領域)では

(式)

で近似される.ここで,μeff は実効移動度,Cox はゲート酸化膜容量,ゲートの長さL と幅W,Vt は閾値電圧である.一方,Vds が高い時(飽和領域)では

(式)

でよく近似される.ここで,m はボディー効果係数として

(式)

であり,Si は基板シリコンの誘電率,Na は不純物濃度,ΨB は仕事関数,q は電荷素量である.この式からわかるように駆動力(ids)を上げるには,実効ゲート長(Leff )の縮小,実効移動度(μeff)の増加,ゲート絶縁膜容量(Cox = εox/tox)の増加(ゲート酸化膜の厚さを薄く)が効果的である.したがって,ゲート長さ(L)を縮小できる微細化技術,ならびに極薄ゲート酸化膜を実現する成膜技術が重要となってくる.また,実効移動度を上げるはチャネルの材質,不純物濃度にも依存するが,ゲート酸化膜の膜質,界面の物理形状(凹凸など)にも影響するため,実際にはゲート酸化膜の膜質と界面が鍵となる.素子寸法を変えた場合にデバイス性能がどのように変わるのかについてDennard はスケーリング則を提唱した[13].スケーリング則とは,現状の素子寸法に比してスケーリング因子k で素子寸法を微細化すれば,表1.1 にあげるように各デバイス性能因子が保たれたり,変わるというものである.このとき単位面積当たりの素子数(集積度)はk2 倍となり,素子単体でのディレイはk−1 となり動作速度はk 倍になるというものである.また,単位面積当たりのパワー密度も変わらない.この表1.1 は,ゲート酸化膜の厚さもk−1 に比例して薄くするオリジナルの定電界シナリオである. ただし,実際にはスケーリングされない因子があり,必ずしも表1.1 のように理想的にはいかない.スケーリングされない因子で重要なものに,およそ閾値電圧以下(サブスレッショルド領域)の電流特性がある.このために,デバイス動作性能を考えると閾値電圧,電源電圧をある程度,前世代のままに維持していくことが現実的となっている.この結果ゲート酸化膜に掛かる電界はα倍に高めなければならない.この一般化スケーリング・シナリオが1984 年にBaccaranaによって表1.2 のように示されている[14]. このゲート酸化膜の薄厚化と電界増加による様々な問題が懸念された.

 以上,デバイス性能因子を上げるためには,半導体素子製造において

1. ゲート作製におけると微細構造の寸法制御,

2. ゲート酸化膜作製における極薄膜の厚さ制御,ならびに

3. 界面の物性制御

が重要な課題である.

**1.4 半導体素子製造プロセス

 半導体素子製造はスケーリング則によって牽引されており,微細加工技術の進展への要求はとどまらない.まずリソグラフィー技術の進展が重要であるが,次にリソグラフィーにより形成されたマスクパターンの形状を下地の膜に転写加工するエッチング技術が重要である.

 MOSFET の製造方法について説明する.まず,シリコン基板上にトランジスタを形成する領域以外の部分に溝(トレンチ)をつくって絶縁膜を充填することで素子分離の絶縁をおこなう.n 型とp 型の素子をわけてウェルを形成するイオン注入を行う.次にゲート酸化を行い,素子を形成する(アクティブ)領域にゲート酸化膜を形成する.ゲート電極となるポリシリコン膜を堆積してから,ゲートを加工する.この後,ソースドレイン領域にイオン注入によって高濃度な拡散層を形成する.絶縁膜を堆積して,ゲート,ソース,ドレイン,基板に対応する電極にコンタクトするホールをエッチングにより形成してから,金属を堆積して配線を引き出す.ここまでの工程をプロセスの前工程(FEOL; Front end of line)と呼ぶ.

 この後をプロセスの後工程(BEOL; Back end of line)と呼び,絶縁膜を堆積し配線パターン形成し,下層と上層の配線パターンを接続する貫通孔(ビア)を形成する.大規模な回路になるに従い配線量が増え,それに伴い配線層数を増やさなくてはならなくなった.配線の抵抗は断面積に逆比例するためパターン寸法が狭まることにより配線層の高さを拡げないと配線抵抗を低くできない.また,電子を流すことにより配線を構成する原子が動いて配線が切れたりする(エレクトロマイグレーション)問題が生じ,アルミニウム(比抵抗2.6×10−8Ωcm)から銅(比抵抗1.7×10−8Ωcm)の配線を用いるようになった.アルミニウムのエッチングは反応生成物の揮発性が高いため比較的容易であったが,銅の反応生成物は揮発性に乏しくエッチングが困難となった.それでも,絶縁層に配線用の溝や孔を作ってから銅を埋め込み,余分な部分を化学機械研磨によって取り除くこと(ダマシン)で配線構造がつくられるようになった.また,配線間の距離が狭まることにより配線容量が高くなる.このことで配線を負荷として,充放電による消費電力の増大が無視できなくなり,容量を下げるために絶縁物をシリコン酸化膜よりも低誘電率な(Low-k)材料を用いるようになっている.この低誘電率な材料も骨格はシリコン-酸素であったり有機物であるため基本的な微細加工の技術は変わっていない.

 このように絶縁膜のエッチング加工は欠かせない.コンタクトや配線構造の形成には絶縁膜に選択性をもって垂直な加工形状をもって加工する必要がある.これには異方性エッチングを用いなければ単位面積当たりの集積度が向上しないということにもある.素子から配線を引き出すには図1.6 に示すようなコンタクトを形成する.マスクパターンを元に,図にあるようにシリコン基板に垂直にコンタクトする形状を製造しなければならない.現在このコンタクトのサイズは数100nm 径以下となり,この加工にはプラズマエッチングが使われている.

**1.5 プラズマエッチング

 半導体素子製造においてウェハ面上に一様に成膜された材料の上にリソグラフィー技術で作製されたレジストマスクを用意して,そのマスクパターンを元に下地材料にパターン転写して微細加工するには,従来はウェットエッチング法が使われてきた.このエッチング方法では,材料が等方的にエッチングされるため図1.7 左に示すような断面形状となる.このため,パターン寸法が小さくなると側壁部のエッチングによるパターン肥大が問題となった.この問題を回避するために,プラズマ生成した反応活性なラジカルと部分的にイオンを用いて図1.7 中に示すような方向性エッチング,さらには反応性イオンを優勢に用いて図1.7 右に示すような垂直加工が可能となるプラズマエッチングが発展してきた[15–18]. この手法を別にドライエッチングとも呼び,このパターン転写性能の高さから,1970 年後半にはこのプラズマエッチングが主流となった.ただし,図1.7 右に示すようにイオンのみの物理的な加工を行うと加工面に損傷を多く形成してしまうといった問題がある.

 このプラズマエッチングの垂直加工性の実現のメカニズムはイオンシースによるところが大きい.プラズマの発生によって電子とイオンを生成し,壁となる被加工表面近傍にはイオンに比べ運動速度が速い電子の入射が優勢になるため,表面近傍に時間平均でみてイオンだけが存在するイオンシースが形成される.このイオンシース形成の結果,表面には負に帯電する自己バイアス電位が出現する[19]. この表面垂直方向の電界によって(正の電荷をもつ)イオンは加速されて表面に垂直に入射する方向性をもち,マスクパターン
が開口した加工面(の底部)のみが反応進行する.その結果,断面が垂直に加工される.

**1.5.1 シリコンエッチング

 材料には電気伝導性の違いによって半導体,金属,絶縁物の三種類があり,これら材料を必要に応じて加工しなければならない.半導体であるシリコンをエッチングする用途は多い.シリコンウェハに素子分離溝(トレンチ)を掘ったり,ポリシリコンのゲート電極作製の加工に欠かせない.

 Si を例に取れば,F やCl などのハロゲン元素と反応してハロゲン化物を生じる.F 原子は自然にSi と反応し,SiF4 を形成し熱脱離する.CF4 + O2 ガス(O はC と反応しCO を形成する)プラズマにウェハを導入するとフローティング電位程度にイオンが加速されて表面を衝撃するので表面のフッ化した層からSiF4 を形成して除去され,新たなSi面を露出させる.この方法で図1.7 中に示すような方向性エッチングが達成される.Cl原子の場合はSi との反応性は低く自然に反応しないため,イオン衝撃されて損傷を受けた表面に限ってSiCl を形成する.この方法では図1.7 右に示すような垂直性エッチングが実現される.このように垂直加工形状をもつ微細加工技術の実現にプラズマエッチングが欠かせない.

 導電性材料に用いられる金属にはアルミがあり,Cl などでエッチングすることができる.ただし,昨今では,導電性材料には銅を用いており,プラズマエッチングではなく,化学機械研磨(CMP; Chemo-mechanical polishing)によってエッチングされている.

**1.5.2 シリコン酸化膜エッチング

 絶縁に用いられる誘電体材料にはシリコン酸化膜(SiO2)があり,この加工が欠かせない.マスクパターンは有機フォトレジストで形成されており,このマスクはエッチングせずにシリコン酸化膜を選択的にエッチングする必要がある.また,シリコン酸化膜をエッチングして下地の材料が露出した時にエッチングが進行せずに停止する選択性も必要である.この目的を実現する上でフルオロカーボンプラズマを利用することが最適であることがわかっている.しかしながら,この方法では加工表面でエッチングと重合膜堆積が同時
に進行する非常に複雑な化学反応を利用しており,加工形状やプロセス安定性を制御するのが困難であるという問題を抱えている.その上,コンタクトホール形成工程は微細な径をもって深い(高アスベクト比の)孔の形成が求められている.このため,筆者は,このコンタクトホール形成工程に不可欠なフルオロカーボンプラズマを用いたSiO2 エッチングを対象にして研究を行ってきた.

 1975 年にHeinecke によってシリコン酸化膜の選択エッチングがフッ素と炭素を含むフルオロカーボン系のプラズマが用いて実現することが報告された.この当時には気相中のCF3 のラジカルの生成がSi のエッチングを抑制するとの考えからC3F8 やc-C4F8 などの分子量の大きいフルオロカーボンガスが試されて,事実SiO2 の選択エッチングが実現された[20, 21]. しかしながら,気相ラジカルがSi エッチングを抑制するのではなく,基本的なエッチングの化学反応は,フッ素はSiO2 と反応してSiFx の揮発分子を作り,炭素はSiO2 のO と反応してCOx をつくるものである.この結果,固体のSiO2 を気体に変えて削りとれる[22]. フルオロカーボンガスとしてCF4 を例にとればプラズマ中でエネルギーの高い電子との衝突によってイオン(M+) や中性ラジカル(CFx) に分解する.これらの活性種のうちイオンはシースで加速されSiO2 表面に到達し,

CFx + SiOs + M+ → SiOCFs + M → SiFx↑ + COx↑ + M

といった化学反応が表面上で進行する.ここで,s は表面化学種を示す.この時,表面に入射するイオンのエネルギーが低いとSiO2 のエッチングは起きず,フッ素と炭素からなる重合膜(SiOCFs) が表面に堆積する.ある閾値を超えてイオンのエネルギーが高くなるとエッチング反応が生じる.このような高いイオンエネルギーの照射によって生じるエッチングのことを反応性イオンエッチング(RIE)と呼ぶ[22].

 SiO2 の選択比を得るために,Si のエッチングを抑制する必要がある.Si エッチングの支配的な要因はF 原子であり,その減少が必要と考えられた.1976 年にはEphrath らによってCF4 プラズマに水素を添加することで,SiO2 のエッチレートがSi やフォトレジストよりも高くなることが見い出された[23, 24].このH2 添加の効果は,HF の形成によりF 原子の生成を抑制することにあり,このような水素添加や水素含有のCHF3 などのガスの使用によって,SiO2 がSi に比べてエッチング速度が高くなり,SiO2 の選択エッチングが実現できた.一方,CF4 に酸素添加するとF 原子が多量に生成して逆にSi のエッチング速度が高くなる.ここまで述べたエッチングに関わる基本的な化学反応の様相は,ここ30 年使用されてきて,平行平板のプラズマ源を用いた低電子密度(ne ∼ 109 cm−3)プラズマによるエッチングプロセスでは成立する.

**1.5.3 高密度プラズマとガス種の背景

 昨今,被加工ウェハの大口径化にともない,高密度プラズマ(ne > 1011 cm−3)を使用する要求があり,反応炉の装置技術も変遷してきた.1980 年前半になって口径の主流が100mm から150mm になり,1990 年の後半になると200mm から300mm となった[25]. ウェハ口径の大型化によって装置は,枚葉処理となり時間当たりの処理枚数を確保するためにも高速なエッチレートを実現する高密度プラズマを利用するようになった.イオンの垂直入射性はガス分子との衝突によって悪くなるために低ガス圧力下でのプロセスも求められた.そこで,低ガス圧力下で高密度プラズマを生成できる装置と,そのプロセスが開発された[26, 27]. その一つとして電子サイクロトロン共鳴(ECR)を利用したエッチング装置が開発され,Samukawa らによって報告されている[28–30].また,誘導結合プラズマ(ICP) などの放電を利用したものや,放電励起周波数を上げる開発が行われた[31, 32].

 この高密度プラズマの使用にあわせて様々なフルオロカーボン分子が使われるようになっている.また,地球環境問題から温暖化係数の高いフロンガスの使用について見直しが必要となっており,反応を再考してガス種を選択する必要がある.これまでにフルオロカーボンプラズマではCF4 やCHF3,CH2F2 などが主に使われてきた.高密度プラズマでは,電子衝突による多段解離によって生成するF が選択性を低下するとの考えられ,多段解離でF を生成しにくい,分子量が大きいC2F6 やC2F4H2,c-C4F8 などのガスが使われるようになった[18].例えば,c-C4F8 ではCF2 が多く形成することで,C2F6 に比べF の生成を効果的に抑制し,高いエッチング速度と,SiO2 に高い選択比をもってエッチングすることが可能となっている[25]. さらに最近ではSamukawa らによってC2F4やCF3I などのガスの使用も提案されている[33–42].

**1.6 エッチング反応の理解

 1970 年半ばから始まったプラズマエッチングだが,このプロセスを制御したいという要求はつきない.この目的から,これまでにプロセス中の素過程を解明する多くの研究がなされてきた.1992 年のOehrlein らのレビューでは,図1.8 に示すようにエッチングプロセスの素過程が,以下にあげる

1. 気相中での電子衝突誘起反応(プラズマ化学),

2. 表面への活性種の輸送,

3. 気相中化学活性種の表面への付着,

4. 表面反応,

5. 表面反応生成物の脱離,

6. 表面へのイオンの照射,

7. 反応生成物の輸送,

8. ガスの排気,

9. 壁への再付着,

の9 つのポイントに着目されている.大別して,気相反応と表面反応にわけられる.これら反応解明の取り組みについて,はじめにプラズマ中の気相反応,次に表面反応について説明する.

**1.6.1 フルオロカーボンプラズマの理解

 現在シリコン酸化膜のエッチングでは,希ガス希釈されるフルオロカーボンガスを用いたプラズマが使われている.このプラズマの気相中で解離生成するCFx はフルオロカーボン系ガスの導入比率に依存することが分かってきた[44].プラズマ中での原子やラジカル分子の生成機構はガス分子への電子衝撃による解離である.例えば,c-C4F8 ではチャンバー内にガスが導入されて,プラズマ領域を通過して排気されるまでに複数回の電子衝撃を受けて,CxFy からCFx を経て,C やF にまで多段解離していく.この過程を模式的に図1.9 に示す.これを決定するパラメータは励起速度係数σν(単位体積,単位時間あたりの電子衝突回数)である.ここでσ は電子衝突における解離断面積,ν は電子の速度である[45, 46]. プラズマ中での電子衝突頻度を下げる目的で,プラズマ中のガスの滞在時間を短くすることが考えられる.このためガス流量を上げ,ガスの流速を上げる.この目的に不活性ガスの大量希釈が行われるようになった.不活性ガスとしてはAr が広く用いられている[26].

 Ar の希釈効果には,Ar のイオン化エネルギーは15.7eV と高いにも関わらず,準安定励起準位は11.55eV であり,ガスのイオン化を促進するペニング効果をもつことも期待される[17]. Ar などの不活性ガスの希釈によるプラズマに与える効果についてはNakanoとSamukawa らによって報告がされている[47, 48].

 このように気相の理解は進んできた.しかしながら,シリコン酸化膜のドライエッチングでは,非常に複雑な反応が生じており,形状やプロセス安定性を制御するのは依然困難である.そのためには,このエッチング表面反応を物理化学的に解明し,形状制御・プロセス安定性を改善する要望があった.すなわち,プラズマ中のガスの解離過程が明らかとなったにせよ,この気相中で生成するイオンやラジカルとエッチング表面での相互作用が解明されなければ,エッチング反応を制御できるまでには至らない.そのためにはエッチ
ング表面反応の物理化学的な解析が必要であった.

**1.6.2 気相化学種の表面への輸送

 プラズマで生成した化学種のうち,表面に入射するラジカルのフラックスは

(式)

で与えられる.ここで,n はラジカル密度,ν はラジカルの熱速度,k はボルツマン定数,Tr,mr はラジカルの温度と質量である.また,表面に入射するイオンのフラックスは,シースに突入するボーム条件から

(式)

で与えられる.ここで,Ji はイオン電流,e は電荷素量,ne はプラズマ密度,Te は電子温度,mi はイオンの質量である[15].

 典型的なプラズマエッチング装置では,イオンとラジカル入射フラックスは,それぞれ∼1016cm−2s−1 と∼1018cm−2s−1 と計測されている[44]. ラジカルフラックスがおよそ2 桁多く,エッチング反応で重要な役割を担う入射種にはイオンとラジカルであると考えられてきた.イオンとラジカルの表面反応確率も考慮され,ラジカルの表面反応の寄与が議論されている[26].

*1.7 エッチング表面解析
**1.7.1 背景~a-C:F 膜厚とエッチング速度

 フルオロカーボンプラズマによるシリコン酸化膜エッチングの表面反応に関して,エッチングした後の表面が主に解析されてきた[49, 50]. エッチング表面がバイアス印加されていることや,時々刻々とエッチングされている表面は内部に後退していくことから,技術的に極めて困難であることも理由にある.そのため,主な実験結果は,エッチング後の表面の解析から求められている.このエッチング後の解析の背景について述べる.

 Oehrlein らは,主にX 線光電子分光(XPS; X-ray photo electron spectroscopy)を用いてエッチング後の表面を調べている[51, 52]. CF4/H2 のプラズマエッチングでH2 流量を変えていった場合,表面に形成されていたa-C:F 膜の厚さと,エッチング速度の間にはに図1.10 に示すような関係が見られた.このように両者には逆比例の関係が見られており,エッチングが進行している表面ではa-C:F 膜が薄いためエッチャント供給が進むが,エッチングが進行していない表面ではa-C:F 膜が≥2 nm以上堆積してエッチャントが供給されないと解釈されていた[51].その後,1990 年後半には,C2F6 を用いたプラズマエッチング後の解析結果にも,このa-C:F 膜の厚さとエッチング速度には逆比例の関係が図1.11 に示すように報告されている[53–56].最近では,技術研究組合 超先端電子技術開発機構(ASET)のMatsui らによってエッチング後の表面がXPS によって調べられ,同様の逆比例関係が見られている[57–59].前述の表面解析の結果から,エッチング速度やa-C:F 膜の堆積厚さの決定メカニズムが議論されてきた.

 Oehrlein のグループのStandaert らは定常a-C:F 膜の存在によりエッチャントや反応生成物がこのa-C:F 膜中を拡散し,この拡散のために定常a-C:F 膜厚に逆比例したエッチング速度になると説明した[54]. また,この考えは,気相中から入射する化学種に,(i)堆積性粒子(例えばCFx ラジカル)と,(ii) 堆積膜を除去する粒子(例えばフッ素や酸素)をあげ,それぞれの基板入射フラックスを調べることで,この(i) と(ii) の比がa-C:F 膜の定常膜厚と相関関係にあると報告された[53]. その関係はプラズマと表面の間で入出射する粒子がバランスしてa-C:F 膜の定常膜厚が決定しているという形で解釈され,経験的に数式化された[56].

 1999 年にSchaepkens らによって一度堆積したa-C:F 膜の除去される速度は,その膜厚によって変化することで定常的な膜厚となることが提唱された[56].一方,CFx ラジカルフラックスが十分供給される下でも定常a-C:F 膜厚に逆比例関係のあるエッチング速度が低下するという事実も見つかってきた.2000 年にASET のグループからTatsumi らは加速されて表面に入射するイオンのエッチング反応に着目した.イオンは,定常堆積するa-C:F 膜を通過して反応界面に到達する必要があり,膜を通過する際,実効的なイオンのエネルギーが失われ,a-C:F 膜が厚いほど反応が低下すると説明した[60].

 以上のように,多くの研究者が,このフルオロカーボンプラズマによるSiO2 エッチング中の表面に堆積するa-C:F 膜を重視していながらも,その堆積のダイナミクスについては良く調べられてこなかった.すなわち,実験的にSiO2 膜のエッチングは進行している中で,どのようにa-C:F 膜が堆積し,またa-C:F 膜が堆積しながらSiO2 が,どのようにエッチングされているのか理解することが課題であった.

**1.7.2 形状発展シミュレータ

 1990 年前半には,スタンフォード大学のMcVittie らのグループから堆積やエッチングの現象をモデル化してSPEEDIE という名称で,形状発展を再現するシミュレーターが開発された[61, 62]. ここで,気相中から入射する堆積種とエッチング種のフラックスと方向性,表面反応係数を与え,表面のエッチングと堆積を模擬して形状発展を計算する.このシミュレータによって計算された結果の一例を図1.12 に示す.ここで,表面反応係数には入射する堆積性粒子の吸着が吸着サイト数に律速するラングミュア飽和吸着モデルを導入している[63]. その後,松下電器のHarafuji らによってもMODERN という名称で形状発展のシミュレータが開発されている[64, 65]. ここでも,表面反応はラングミュア飽和吸着モデルで説明された.この飽和吸着モデルは,少なくとも定常a-C:F 膜厚の説明をはじめ,エッチング形状発展のシミュレーションにおいてある程度の成功を収めている.2000 年にKushner のグループのZhang らがフルオロカーボンエッチングの表面反応についてモデリングをおこない,図1.14 に示すようにまとめている[66]. これはSi に対するものであったが,引き続き,図1.14 に示すようなa-C:F 膜の堆積過程[67],図1.15に示すようなSiO2 のエッチング表面反応モデリングに発展した[68].他にも,Sandia 国立研究所で開発されたCHEMKIN という気相中の化学反応に定評のあったシミュレータで0 次元ではあるが表面反応を組みこんで,フルオロカーボンプラ
ズマのSiO2 エッチングに関わる反応レートのパラメータについてHo らが報告した.主要な反応経路が図1.16 に示すようにまとめられた[69]. ここで着目されることは,気相中,例えばCF,CF2 といった個別の化学種は反応係数が違うので,気相中から入射種とそのフラックスに依存してエッチング表面反応が変わる様相が示されていることである.ただし,この時点ではより多くの実験結果を説明するように反応係数のフィッティングに問題の中心がおかれていた.

 ここまでのシミュレータの発展が気相中の化学活性種の生成に注力されていたことが背景にもあるが,表面反応について良く理解されていないことが計算精度を損なっていた.実際のエッチングでは,図1.17 に示すようにプロセス装置で決められる条件パラメータからエッチングプロセスの素反応がどのように制御されるのかが問題である.この観点から,さらに詳細な素過程が解明されればならない.その上で,シミュレータの出現をもって,エンジニアの試行錯誤に頼らない科学的な見通しの良い,プロセス条件設計の開発がなされると期待される.