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13-1-1.シリコン基板の洗浄

はじめに

 半導体による集積回路(ULSI)はシリコン基板(ウェハ)の表面にトランジスタなどの素子を集積し、その上部に絶縁膜と配線を設けた構造で工業生産されている。このトランジスタは、金属-絶縁体-半導体(MOSないしMIS)型が主流であり、半導体シリコンの表面に電気的な経路(チャネル)を有するため、ゲート酸化膜の形成前のシリコン表面洗浄ならびに、その酸化膜との界面形成プロセスは非常に重要となっている。
 歴史的にMOS型トランジスタは、よくいわれる「スケーリング則」にのっとって、素子寸法が微細化され、発展してきている。この微細化によって、同じ面積のシリコンチップでは製造するコストとチップ全体での消費電力をほぼ一定に保ったまま、集積する回路規模を上げられる利益を得ている。これが実現できる背景には、プロセス技術が向上してこそであり、その中で洗浄技術として、イ)回路パターン欠陥の撲滅、ロ)MOSゲート酸化膜汚染(ナトリウムなどのアルカリ金属や、鉄などの重金属)の除去、ハ)トランジスタ素子を繋ぐためのコンタクト(配線から半導体基板に落とすプラグ)の接触面の清浄化などと、極めて電気的に敏感に悪影響を及ぼす要因を排除してきた貢献は大きい。すなわち、微粒子、金属、酸化物、有機物などといった汚染対象を安定して除去する方法の確立の恩恵であり、前章までに原理面、本章でも技術応用面について詳細が述べられている。
 本節では、別の観点からMOSトランジスタのシリコン基板とゲート酸化膜の界面の形成プロセスにおける表面制御技術としての側面について述べる。繰り返しになるが、MOSトランジスタは動作原理上、絶縁膜を介して(金属)ゲートに掛けた電界で半導体に電荷を誘起したチャネルを形成するため、半導体/絶縁膜界面が鍵となっている。この界面の形成プロセスにおいて、多くの重要課題を挙げることはできるであろうが、ここではシリコン基板を絶縁膜形成前の表面化学、物理構造の制御方法としての考えを述べる。その中で、表面の微視的物理構造となるマイクロラフネスについて着目する。極薄の絶縁膜に原子レベルで膜厚変動を及ぼし、ゲート絶縁膜の局所電界の不均一による劣化や破壊、チャネルを流れる電荷の散乱などによる易動度劣化といったトランジスタ特性への悪影響を及ぼすことが指摘されているからでもある。この観点から、洗浄によって形成される化学酸化膜の構造と、シリコン表面のマイクロラフネスについて述べることとする。

化学酸化膜の構造
 シリコン基板は洗浄される。微粒子、金属、有機物などの汚染除去を目的に、過酸化水素水などをベースにした薬液が使われるとシリコン表面は化学酸化膜が形成される。また、フッ酸などを用いて酸化膜を剥離した後にも、水洗や大気中放置によってシリコン面には自然酸化膜が少なからず形成される。引き続き、ゲート絶縁膜を成長(ないし、堆積)する時、その直前に酸化膜を剥離するしないに関わらず、前洗浄の最後に形成されている化学酸化膜の界面は製膜プロセスの開始となっており、そのシリコン表面・界面の状態を知ることが重要である。
 シリコン表面状態の評価手法には多くあるが、ここでは赤外分光法によるシリコンと酸素(Si-O)、シリコンと水素(Si-H)の化学結合について調べる方法を説明する。表面敏感な測定とするために、外部反射分光法(IR-RAS)や全反射減衰赤外吸収分光法(IR-ATR)を使用する。薬液洗浄を行ったシリコン表面の表面状態を評価する。
 シリコン基板をフッ酸処理して酸化膜を除去した後に、化学酸化膜を制御して作製した試料を用意する。その化学酸化膜は、1.アンモニア-過酸化水素水の混液(APMないしSC1と呼ぶ)、2.塩酸-過酸化水素水の混液(HPMないしSC2)、3.硝酸(HNO3)、4.硫酸(SPM)の4種類の薬液で別々に作製する。いずれの試料表面にも1nm程度の化学酸化膜が形成される。
 はじめに、評価分析手法としてIR-RAS測定を行い、Si-O結合の反射吸収領域のスペクトルを取得した結果を図1に示す[1]。1100cm-1付近には下向きに見られるピークがみられ、これは通常の透過吸収の測定で観察されるものに一致する。通常透過測定では、赤外光の電場が伝播方向に対して横方向にあり、共鳴吸収を示す電気双極子(ここではSi-O結合のこと)と、光学モードの結合を横光学(TO)モードと呼ぶ。しかし、ここでの評価では入出射する赤外光を表面垂直から傾けた方向にしているため、Berreman効果と呼ばれる縦方向の光学モードとの結合も観察され、この縦光学(LO)モードのピークが1250cm-1付近に反射(上向き)として見られている[2]。
 各処理の化学酸化膜において、特徴的なスペクトルが見られる。SPMではLO、TOモードの吸収ピーク波数が高くなっており、HNO3、SC2、SC1の順で低くなっている。また、SC2ではLOのTO側の裾びきが緩やかにっみられる。詳細は割愛するが、このような特徴が表れるのは未酸化のSi部分が存在していることを示唆している。
 同時にIR-ATR測定による評価を行い、各化学酸化膜に存在するSi-H結合について評価した結果を図2に示す[1]。2100cm-1付近のピークはSi界面に存在するSi-H、2250cm-1付近のピークは酸化膜中に存在するSi-Hからの吸収を示している。(この時、SPM処理後の化学酸化膜にSi-Hがほとんど存在しないことから、その差分として示している。)SC2では比較的Si-Hが界面、膜中に多く存在し、SC1では膜中のSi-Hはほとんどないが、界面には存在しているといった結果を示している。前述のIR-RASとの結果と併せて、薬液処理方法の違いによる化学酸化膜の構造の違いをモニタすることができる。
 次に、各処理の後に別の薬液で処理した場合に最終的に形成される化学酸化膜の構造を調べた結果を図3に示す[1]。ここではIR-ATRによるSiH領域の全Si-H量、膜中Si-H、界面Si-Hのピーク特徴を判断基準にする。その結果、SPMを最終的に行った場合にはSi-Hがほとんど存在しない状態になるり、引き続きSC2やHNO3をおこなっても、SPMの化学酸化膜には作用していない。この傾向はHNO3処理でも同様に見られ、HNO3処理特有の膜中Si-Hと界面Si-Hをもった化学酸化膜が最終的に形成される。SC1では酸化膜のエッチング作用があることから、最終的に界面Si-Hの特徴を示すSC1化学酸化膜になる。ただし、SC2を後に処理しても化学酸化膜にSi-Hを増やすことはないと結果が見られる。
 このように薬液処理を順次おこなった場合に、順番により結果の化学酸化膜構造は表1のようになることがまとめられる[1]。さらに3ステップ、と増やしていっても直前の膜種に対して作用することが確かめられている[1]。
 以上の通り、シリコン表面の化学酸化膜の形成において、使用する洗浄薬液の影響にも薬液個有の特徴があり、この特徴は赤外分光法によってインラインで評価することが可能である。最終的にどのような表面状態を得たいかによって、薬液の使用方法、処理順序といった点をゲート絶縁膜形成前の表面状態の制御の観点から配慮する必要があることを意味している。

シリコン表面のマイクロラフネス

 極薄のゲート絶縁膜を形成するのであるから、制御されずに膜質も劣る化学酸化膜は、多くの場合剥離され、シリコン面を露出することになるが、このシリコン表面の露出について次に考えることとする。
 シリコン酸化膜の剥離は、薬液処理ではフッ酸(DHF)や緩衝したフッ酸(NH4FとHFの混液、BHFと呼ぶ)が使用される。いずれの薬液で処理した場合、シリコン面は水素によって終端される。[3] もし、(111)の結晶面を表面にもつシリコンであればBHFで処理すると、微傾斜度(オフセット)に応じて原子ステップを有する原子平坦な水素終端面(テラス)が形成される。[4,5] 非常に簡便な方法で理想的に平坦で水素に終端されたシリコン表面が作製できることが示されたわけであるが、MOSを形成する上で(111)面では(100)面に比べ電気的特性が劣るため実際に使われることはない。((111)面ではSiの原子密度が高いためか、ゲート酸化膜界面(SiO2/Si)に未結合種(ダングリングボンド)欠陥が多く存在するため。)一方でMOSで多く使用される(100)面で同様な原子平坦な面を得ることは非常に難しい。
 では、(111)面で原子平坦面が構成される理由はなぜか?水素イオン濃度(pH)が約5以上の高い(緩衝された)薬液では (111)面などの優先的な面を出す微量なシリコンのエッチングが起きていることにある。実際、pHの高い酸化膜を溶解する状態であればよく、温度上げた純水(pH=7)では極薄の酸化膜はシラノール(Si(OH)4)などとして溶解しうるので、原子平坦面を形成できる。[6]
 一方、pHの低いフッ酸ではシリコンのエッチングは皆無である。フッ酸処理によって酸化膜を剥離した場合、最終的に得られるシリコン表面は事前に形成された酸化膜とシリコン酸化膜の界面物理構造、つまり凹凸を反映すると考えられる。大雑把に、これは正しくサブミクロン以下で界面の凹凸を反映することが知られている。ただし、原子レベル、マイクロラフネスの議論には注意を要する。
 原子的に平坦なシリコン面は、赤外光電場を偏光した全反射減衰赤外吸収分光法(IR-ATR)によって評価することができる。高pHのNH4Fで処理したSi(111)面をIR-ATR測定して得られるSi-H領域のスペクトルを図4(a)に示す[7]。原子平坦面では、2080cm-1付近にみられるテラス上のSiモノハイドライド(Mterrace)からのピークのみが検出される。原子レベルでのSi面の模式図を図5に示す[8]。
 この試料を、溶存酸素量を1ppbに調整した5%の希釈フッ酸に浸漬すると、図4(b)~(e)に示すようなスペクトル変化が見られる[7]。ステップに存在するSiH(Mstep)や、原子的に凹凸が形成されたことを示すSiダイハイドライド(D)、Siトリハイドライド(T)を示すピークが出現する。そして、溶存酸素量によって図6に示すように、溶存酸素量が高いほどMterraceのピーク強度の減少が早い時間で起きている[7]。
 このことは、溶存する酸素によってシリコン面が微視的に酸化され、同時にフッ酸で溶解されることを繰り返し、マイクロラフネスを形成していること、このとき、溶存酸素によるシリコン酸化は (111)面でステップ、テラスのいずれにも優先性はみられず、ほぼランダムに進行することを示している。模式的には図7のようなマイクロラフネス形成として考えられる。
 フッ酸と溶存酸素のケースのように、微視的な酸化とエッチングが生じるアルカリ系の過酸化水素水(SC1)では、さらに顕著なラフネスが形成される[9]。他にも、汚染金属がSi面に析出・溶解をする場合、光照射で酸化が起きる場合[10]なども同様に、それに応じたマイクロラフネスを形成することを意味している。とはいえ、低pHのフッ酸で酸化膜を除去した場合、SiO2/Si界面のラフネスを反映したシリコン表面が得られることから、所望の表面ラフネスをもったシリコン表面を得たい場合に、シリコン酸化膜の界面平坦性を上げておき、フッ酸による剥離を使うことは有効である。
 SiO2/Siの界面ラフネスは、SiO2を形成する方法で大きく変わることが知られている。例えば、熱酸化温度や熱処理時間に依存して、1000℃近い温度域ではシリコン酸化膜は粘性流動を十分起こすことによって比較的平坦な界面を形成する。また、水素終端面を酸化する場合には、Si-Hのバックボンドから酸化膜成長が生じるため、1原子層レベルの酸化を反応律速(低温)で進行させ、引き続き活性な酸化種で構造緩和されるように酸化したり、拡散供給に深さ方向の制限を与えられれば、平坦な界面が得られる。すなわち、良好なラフネスをもつ界面を形成しておき、その物理的な界面構造を維持する剥離手段をもってシリコン表面を用意することもできる。[11,12]
 化学酸化膜での説明同様、酸化プロセスによって最終的な界面の形成は影響を受けることとなる。

まとめ

 エレクトロニクス分野の中で、MOSトランジスタの作製に関わるシリコン表面の洗浄において、良質な電気特性を得るための表面制御技術としての観点から、洗浄で形成されている化学酸化膜とその界面構造や、そのような酸化膜形成を通して決定されるシリコン表面のマイクロラフネスについての評価法を合わせて考え方を述べた。現実には、さらに高度に複雑な条件で、制約条件を課せられた上でシリコンの表面を制御することが求められるが、その一端を紹介した。

参考文献

  • [1] C. R. Inomata, H. Ogawa, K. Ishikawa, S. Fujimura, J. Electrochem. Soc. 143, 2995 (1996).
  • [2] K. Ishikawa, H. Ogawa, S. Fujimura, J. Appl. Phys. 85, 4076 (1999).
  • [3] T. Takahagi, I. Nagai, A. Ishitani, H. Kuroda, and Y. Nagasawa, J. Appl. Phys. 64, 3516 (1988).
  • [4] G. S. Higashi, V. J. Chabal, G. W. Trucks, and K. Raghavachari, Appl. Phys. Lett. 56, 656 (1990).
  • [5] G. S. Higashi, H. S. Becker, Y. J. Chabal, and A. J. Becker, Appl. Phys. Lett. 58, 1656 (1991).
  • [6] S. Watanabe, M. Shigeno, N. Nakayama, T. Ito, Jpn. J. Appl. Phys. 30, 3575 (1991).
  • [7] H. Ogawa, K. Ishikawa, M. T. Suzuki, Y. Hayami, S. Fujimura, Jpn. J. Appl. Phys. 34, 732 (1995).
  • [8] S. Watanabe, M. Shigeno, Jpn. J. Appl. Phys. 31, 1702 (1992).
  • [9] K. Akiyama, N. Naito, M. Nagamori, H. Koya, E. Morita, K. Sassa, H. Suga, Jpn. J. Appl. Phys. 34, L153 (1995).
  • [10] H. Morinaga, K. Shimaoka, T. Ohmi, J. Electrochem. Soc. 153, G626 (2006).
  • [11] M. Niwa, H. Iwasaki, Y. Watanabe, I. Sumita, N. Akatsu, and Y. Akatsu, Appl. Surf. Sci. 60/61, 39 (1992).
  • [12] M. Niwa K. Okada, R. Sinclair, Appl. Surf. Sci. 100/101, 425 (1996).

(c) Kenji Ishikawa


Last-modified: 2020-11-20 (金) 23:15:10