Book02

Book

はじめに

 半導体による集積回路(ULSI)は、図1のようにシリコンウェハの表面にトランジスタなどの素子を集積して、その上部に絶縁膜と配線を設けた構造で工業生産されている。切り出されたチップには多いものでは数億以上の素子が集積される。トランジスタは、金属-絶縁膜-半導体構造(MOS)型が主流であり、その大きさはナノメータレベルとなっている。

 ULSIの製造工程は、シリコンウェハを基板として、絶縁膜などの薄膜を形成した後にフォトリソグラフィー(リソ)などを駆使して表面にパターニングを行い、そのパターンをエッチングなどして下地膜に転写加工する。このように、リソ・エッチングといった表面方向のパターニングと、製膜や拡散といった厚さ方向の形作りの繰り返しとなる何百に及ぶ工程を経て製造される。この工程の中で「洗浄」、広義には「表面制御」の技術が地味ではあるが重要な役割を担っている。

 歴史的にULSIは、よくいわれる「スケーリング則」(微細化)にのっとって、パターンサイズを小さくすることで発展してきた。この微細化により、同面積のチップでは製造コストと消費電力が一定のまま、素子の集積度が上げられるという利点がある。この背景にはプロセス技術の向上があり、例えば洗浄技術による、異物などによるパターン欠陥の撲滅、MOSゲート酸化膜汚染(ナトリウムなどのアルカリ金属や、鉄などの重金属)の除去により絶縁破壊や劣化といった電気特性への悪影響が排除された貢献が大きい。他にも、トランジスタなどの素子同士を繋ぐための配線を形成するコンタクト(半導体基板に配線を落とすプラグ)部分など、電気的に接続する面に悪影響(結線不良や接触抵抗増)を及ぼす有機被膜や自然酸化物の洗浄除去が鍵となっている。最近では、より微細化が進展し、様々な物理限界に直面する中で、新材料の導入、例えばCu/Low-k配線構造、今後可能性が高いhigh-k/メタルゲート構造は必須となっている状況であり、新たな技術課題も克服しなければならない。

 「半導体プロセス」での要所は、微細MOSといったデバイスの「構造」とその電気特性を決定付ける構造材料の「物性」を制御することに他ならない。つまり、この「構造と物性の制御」の実現において、洗浄技術は大きな役割を担っている。また将来展望として、ナノメータレベルのパターン構造にダメージを与えず、新材料の要求に最適化した洗浄方法への発展が望まれる。

図1 半導体集積回路(ULSI):製造シリコンウェハとチップ(左)、ULSIの断面模式図(中)、トランジスタ断面写真(右)

1.半導体プロセスにおける洗浄について

 デバイス・プロセスにおける「物性と構造の制御」に洗浄の目的があると述べたが、これら制御に妨げとなる対象は「汚染」と呼び、サイズ面と物質面で種類分けする。典型的な汚染を表1に挙げる。例えば、MOS製造ではSiウェハにSiO2膜を作製する工程があるが、この時の表面にはもちろんこれらの材料が露出している。しかしながら、同じ材質のSiO2などが微粒子で存在すればパターン欠陥をもたらす。このように、一つ目は所望のパターンのサイズとの兼ね合いで決まるサイズ面で欠陥をもたらすものが対象となる。もう一方では、金属や有機物といった異なる物質(異物)であり、材質面で特徴づける。さらには、存在の形態によっても区別すべきであり、表面内部に埋め込まれたり、基板の上に付着したり、被膜となっている点を考慮する。あと、下地に露出している材料が、MOS作製フローではSi基板であることが多く、配線作製フローでは金属(Al、Cuなど)であり、汚染を下地材料に対して選択性をもって除去するといったことがポイントとなる。さて、ここでは簡単に述べるため、汚染となる対象を1)微粒子、2)金属、3)有機物、4)自然酸化物(被膜)と大別して考えることとする。

 以上、洗浄の根幹には「構造と物性の制御」があり、洗浄の目的すべてはデバイスの特性に通じる。望むべきは、特性を劣化させる要因を汚染と称し洗浄の対象とし、その汚染の除去原理から技術開発されなければならない。

表1 汚染の分類

2.洗浄の方法と原理

2.1 汚染の形態

 まずウェハ表面での汚染の存在形態によって除去方法は変わってくる。基板表面内部に埋め込まれていれば下地のエッチング作用をもって除去されなければならない。表面(外部)に付着している場合には、その付着力に勝って汚染を除去し、再度表面には付着させないことが要求される。付着力は、汚染のサイズと材質によって異なるが、基本的には電磁気的な相互作用にほかならない。例えば、微粒子では物理吸着(ファンデルワールス力など[分子では<1kJ/mol])を考え、その付着力はサイズが大きくなるほど強くなる。ただし、分子レベルでは共有結合(~400kJ/mol)、イオン結合(~350kJ/mol)をはじめ、イオン-誘起双極子(~200kJ/mol)、水素結合(~120kJ/mol)、配位結合(~80kJ/mol)などの、総じて化学吸着力が支配的となって付着している。洗浄は、これらの付着力に打ち勝って汚染を表面から選択的に除去することになる。

2.2 洗浄方法と原理

 歴史的に半導体プロセスでは、過酸化水素水をベースにしたウェット(薬液)の洗浄が主流である。それぞれの汚染対象に対して表2のような薬液が使われてきた。現在では代替となる技術も多く提案されているが、ここではこれら洗浄方法について原理面から簡単な説明をする。

表2 汚染対象と洗浄薬液

2.3 微粒子除去(物理的)

 微粒子除去のポイントは、ウェハ表面への付着力が比較的低いことを利用してサイズ面で選択して微粒子をウェハ表面から離脱させ、離脱した微粒子を再付着させないことである。

 微粒子をウェハ表面から離脱させる、もっとも単純な方法はリフトオフであり、付着面の下地材料を軽くエッチング除去していき、その上部に付着する微粒子は表面から離脱させ、液流れなどによって排出し、再度表面に付着させないように工夫する。ただ、元々微粒子と表面との相互作用が強ければ、流れなどによって再付着を防げるかは疑わしい。そこで、再付着防止のメカニズムの加味が重要となる。

 ウェット洗浄においては、洗浄中の薬液に浸漬された物体には「電気二重層」が形成されることがポイントとなる。電気二重層とは、薬液中に存在するイオンが表面電荷などによって引き寄せられ不動となってあたかも電気的には誘電体層を形成したかのような状態のことを言う。この電気二重層の状態を表す物性値としてゼータ(ζ)電位を用いると便利である。表面状態によって、表面近傍のイオン濃度勾配も変化して、ウェハ表面と微粒子の接近によって体積排除効果による反発力を生じる場合がある。この状態では、静電的な反発力を生じるので、再付着は防止される。つまり、ウェハ表面と微粒子双方の電気二重層が、同極のζ電位をもった場合に微粒子再付着が効果的に防がれる。例えば、薬液のpH(水素イオン指数)によって物体表面のζ電位は、pHの高い(アルカリ)時にSiO2面に対してSiやSiO2の微粒子で同極となり反発力が働き、pHの低い(酸性)の時には付着力が働き易い傾向となっている。この結果、pHがアルカリ寄りの薬液をもちいて、若干の基板エッチング効果をもち、表面に化学酸化膜を形成しながら洗浄すれば、微粒子除去効果(離脱と再付着防止)があり、SC1はこれらの効果をもち合わせている。

 薬液浸漬だけで微粒子を離脱させるにはリフトオフの効果が不可欠であり、反面、下地材料のエッチングにより材料選択性の面を失っているといえる。では、微粒子の離脱は付着力を上回る物理的な力で行えないだろうか。具体的には、ブラシスクラブや超音波、メガソニックといった方法があり、これらは、機械的に回転(運動)する物体(ブラシ)や、振動で薬液に圧力差を生じさせ発生する圧力波、キャビテーションで発生するマイクロバブルなどを微粒子に作用させる。いずれも微粒子以外に物理的な力が及び、基板上の微細構造にダメージを与えないようにしなければならない。

 薬液を使わずにドライな方法で物理的な力を加える手法もある。ガスを極低温で固化させて(エアロゾルを)吹き付けるクライオジェニックでは、運動量をもったエアロゾルの衝突が微粒子を反跳により離脱させる。表面近傍の流速分布によっては、浮力を与えて表面遠方にまで輸送し、排気ガス流れにのせられれば再付着させずに除去できる。

 微粒子除去について、ウェットとドライでの方法を原理的な側面から説明した。実際には微粒子除去といえども材料面での選択性も加味されるが、付着力の違いからサイズ面を選別分離して表面から離脱させ、再付着させない原理の活用が重要である。

2.4 金属、有機物、酸化物の除去(化学的)

 異物となる汚染を除去するには、材料面での選択性といった点がポイントになる。そのために化学的な反応によって制御する。方法は大別して、ウェットとドライに分けて説明する。

2.4.1 ウェットプロセス

 ウェットプロセスで汚染を物質的に選択して除去する方法は、ウェハ表面から溶液側に微量汚染をイオン化や水(溶媒)和を通して溶かしてしまうことである。元々純度の高い溶液(溶媒、純水)を使えば、拡散の効果によって表面の汚染濃度は低くできる。

(a) 溶解:金属

 表面の金属汚染は、薬液側の汚染物質濃度が低ければ、金属イオンとして溶解・拡散させていくことで除去できる。水中では特異的に電荷を帯びた状態(イオン)が安定にできる。化学変化は熱力学的に安定な方向に進行しやすい。その尺度は、元々、前述の吸着力に関わる原子間、分子間の結合力などに基づく物質の熱運動(並進、振動、回転)、内部エネルギー(エンタルピー、H)に由来する。物質を構成する粒子の乱雑さの度合いを示すエントロピー(S)と併せて、ギブス自由エネルギー(G)の変化

ΔG○=ΔH○-TΔS○

の大きさが、いわば、ΔG○は正味の化学反応のエネルギーであり、負で大きいほど安定していると考えられる。ここで、Tは絶対温度、○は1モル当たりの意を示す。

 例えば、金属Mを薬液に溶かして金属イオンM+として溶解する反応、[M+ + e- =M]と書き表せる。この反応には、(1) 左辺の酸化物(Ox)から右辺の還元物(Re)を生成する熱力学的な仕事、(2) 電子(e-)授受に関して電子が行った仕事が含まれている。水では、[O2 + 4H+ + 4e- = H2O]と[2H+ + 2e- = H2]が挙げられ、各化学種の標準モル生成ギブス自由エネルギーΔGf○が分かれば、左辺から右辺といった反応の方向性を知ることができ、同時に質量作用の法則から平衡状態での濃度もわかる。さらに、1モルの電子の仕事(ファラデー定数、F)についても、水素イオン濃度([H+])がゼロの極限を標準電極電位E○=-(ΔGf○Re-ΔGf○Ox)/(nF)とすることで尺度が求められる。ここでnは関与する電子数である。つまり、このE○が負で大きければ電子を受け取りにくい、正で大きければ電子を受け取り易いといえる。

 例えば、Cuでは図3のような相図が得られる。pHが低い時にCu2+というイオンが、平衡状態において少なくとも安定して存在できることがわかる。つまり、あるpH以下で、かつ電位が高い状態(電子を受け取り易い液体(酸性))ではCuがイオンで溶けるのが安定であり、pHが中間ではCuの酸化物となって安定することを示している。

 ただし、HF処理などでSi表面が露出する酸性溶液中ではSiO2 + 4H+ + 4e- ⇔ Si + H2Oの反応が、負に大きい方向(電子を受け取りにくい)電位で安定であり、Cu2+ + 2e- ⇔ Cu と競合する。つまり、SiによってCu2+が還元され、Si面(SiO2濃度が低い)では十分E○が高く(酸化性で)ないと、Cu2+からCuへの反応にシフト(析出)する。したがって、溶解性を確保するためには、酸化性の高い薬液で処理することである。過酸化水素水をベースにするのは酸化性が高くなり、表面に酸化物も形成されるSC2といったH2O2を添加したHClなどのpHの低い、酸溶液でCuは溶け易く、理に適っている。

 一方、pHが高い(アルカリ性)の薬液では金属は酸化物で安定なため、化学酸化膜に取り込まれるのが安定である。汚染が付着しやすいので、その対策として錯塩の化合物(HL)を入れた場合を考えてみる。添加物は解離してプロトンと結合し正電荷を帯びたイオン(カチオン)(HL+)、プロトンを発生し負電荷を帯びたイオン(アニオン)(L-)などになる。そこで、pHが高い領域で、この添加化合物と汚染金属とが結合して錯体を形成する反応を用意できる。この目的に適した物質には、総称してキレート材や有機酸(-COOH基をもつ化合物)、アミン(-NH2基をもつ化合物)などが挙げられる。この錯体が溶解性であれば溶解させられ、錯体が表面に結合付着する力の方が弱いので、表面形成される酸化物に取り込まれるよりは汚染レベルを下げることが可能となる。しかしながら、基本的に溶液中の金属濃度を下げなければ、濃度に依存して表面は汚染されることもあるので注意する。

図3 Cu-H2O系のpH-電位(25℃、1atm〕、線上の数字は反応式の番号に対応。

(b)分散:有機物

 有機物は有機溶媒によって溶かすことも可能であるが、酸化反応を進行させることで最終的にCO2とH2Oにまで化学反応させ分解除去できる。表3に代表的な有機物を挙げている。ただし実際には、有機物を部分的に酸化して側鎖を水溶性の化合物に変化させることで液中に分散させる効果の方が大きい。疎水性の有機物では、水中では表面張力(疎水性相互作用の効果)によってミセル(微粒子)を形成する。本質的に、溶液界面を制御することになるが、意図的に界面活性剤を添加して乳化(エマルジョン)や水和(溶媒和)といった効果で薬液中に分散させ除去する。また前述のように水溶性の錯体を形成したり、ミセルや錯体の集合体は微粒子として振舞うので、前述の静電的な効果を加味した除去作用をもちいることも有用である。

(c) 剥離:酸化膜

 SiO2は非常に安定な物質であるので化学反応させるのが困難であるが、唯一Fとの反応では、 SiO2 + 4HF = SiF4 + 2H2O ΔG○ = - 80.35 kJ/mol

と、ΔGf○は負となりSiO2の溶解方向に反応が進行する。

 HF溶液では [H+ + F- ⇔ HF]の酸解離反応を生じているが、その解離定数は非常に低い。むしろ、[HF + F- ⇔ HF2-]が早く進行するためHFがHF2-に移行し、

SiO2 + 2H+ + 2HF2- + 2HF ⇔ H2SiF6 + 2H2O

の反応であり、HF2-とHFのいずれもエッチャントである。このとき、HFと反応性が高いレジスト材料などのエッチングを避けて、SiO2と選択比を得る場合など、例えばNH4Fを添加してF-の濃度が増加させることでHF2-を過剰にし

SiO2 + 2NH4+ + 2HF2- + 2 HF ⇔ (NH4)2SiF6 + 2H2O

の反応をもちいる。

(d) 乾燥

 ウェットプロセスではリンスして乾燥しなければならない。これは厄介な場合がある。リンス後の液滴から気体となって蒸発していく過程で、ウェハ中央部分に滲み(ウォーターマークなど)ができてしまうことがある。滲みは、表面の張力によって丸まった形状であり、その液滴の周囲からは蒸発が速く進むので、液が周縁方向に拡散移動する結果、広範囲に生じてしまう。そのため、接触角を高くしてやれば、液滴自体の蒸発となり、滲みは接触点でのみ発生することになる。(撥水加工した布は滲みができにくいことと同等)そこで、水とは表面張力の異なる蒸気(イソプロピルアルコール、IPA)の中で乾燥させると、水滴の周りに蒸気相との表面張力勾配ができて、表面で水分は高い接触角をもって乾燥できる。このような表面張力勾配によって生じる物質移動をマランゴニ対流と呼ぶ。このIPA乾燥は通常はリンス槽からウェハを引き上げる時におこない、ウェハ中央の滲みの発生は防がれる。

 表面張力は毛管現象の駆動力であり、ナノメータレベルでの微細孔でも内面の濡れ性によって薬液が浸透するありがたい性質であるが、逆に乾燥を困難とする。例えば、液体を挟んだ2面間に働く力は表面張力に比例し、二面間距離には逆比例する。このことは微細になればなるほど大きな力となり、水といった表面張力の大きい液体で微細構造を扱う上で危険性をはらんでいる。

表3 有機物の種類

2.4.2 ドライプロセス

 ドライな方法は、特に液体の表面張力による微細な構造へのダメージから解放される点、ウェットに比べて薬液・純水の使用量が減るといった点は特長である。反面、ガスとして反応するため作用する分子数は希薄になり反応性が劣ることが多く、それを補うために反応温度を上げ、反応活性なラジカルをもちいることがポイントとなる。

(a) 金属

 基本的には、ガス状の化合物を供給し、表面で反応生成させた物質を揮発させることになる。Feなどの重金属でも、ハロゲン化物などには揮発性がみられる。しかしながら、真空と圧力を下げ、基板温度を上げ、揮発させやすくする必要がある。SiやSiO2上の重金属は、Cl2ガスに紫外線(300nm程度)照射などによって生成させたCl原子とSiCl4を供給して、基板温度300℃以上にすることで効率的に汚染除去できる。

(b) 有機物

 有機物は、ウェットの説明で前述したとおり、酸化反応を進めていきCO2とH2Oにまで反応させれば、いずれもガス状となり揮発する。効率的に反応させることや還元性の雰囲気で処理したい場合には、活性化学種の活用がポイントである。

 活性化学種の生成においてプラズマの活用について述べる。プラズマとは、電子とイオンで構成された状態をいい、電離生成した電子を高周波電力などで加速してやることで、分子との衝突プロセスで電離を維持させることで用意できる。工業的には、RF(13.56MHz)やVHF(100MHz)、マイクロ波(2.45GHz)などの電力が使われる。プラズマ中で数eV程度に加速されている電子が、原子・分子と衝突することにより、分子もイオン化、励起、解離といった反応を生じる。前述した溶液中の電気二重層と類似に、プラズマが接する表面は電子とイオンの運動速度の違いによって表面近傍はイオンの鞘(シース)が形成され、その結果プラズマは電位が正になった状態で平衡する。このシース形成のために、正電荷のイオンはシース両端の電位で加速され表面に入射することとなる。また、励起状態から緩和する際に発光を伴い、プラズマと表面には光学的な遮蔽がないので紫外線などのプラズマ発光が表面に照射される。これら電子や加速されたイオン、プラズマ光は表面に対してダメージを与えることもある。そのため、プラズマを離して(リモートとかダウンフローなどと呼ぶ)ウェハを設置して処理することもある。プラズマが維持された領域から離れた領域では、イオンは電子と速やかに再結合するが、電気的に中性となった励起状態の原子・分子などは緩和時間が長めで、いわば準安定な化学種が選択的に残存した領域を形成する。例えば、酸素の場合、酸素原子やオゾンなどが長寿命で、プラズマから離れた領域に置かれた表面にも供給される。

 有機物の反応を考える上で、1) 表面に入射する化学種と2)活性化学種と反応し、光照射によって発生した有機物上の励起状態(ラジカル)が重要役割を果たす。このとき、酸化の場合には、いかに酸化種を表面に供給させ、表面ラジカルを発生させるのか、という点で長寿命なオゾンを活用したり、表面に紫外線(200nm以下)を照射させたりするのが効果的である。ただ、基本的には、有機物の酸化反応によって低分子化などを経て揮発性となり除去される。

 ウェハ表面の他の部位を酸化させたくない場合には、例えば水素系のプラズマをもちいて処理する。プラズマ生成する水素原子はウェハ表面まで効率的に輸送するために減圧下で処理するが、表面の有機物(アルカン)に作用すると主に水素引き抜き反応による表面ラジカル(Cの未結合種など)が生成する。このようなラジカル状態からβ位のC-C分解が進行しアルケン(C=C)を生成するなど低分子化が進行していき、例えばエチレンのような形で揮発していくことで除去が進行する。一方で、表面有機物はグラファイト化するなどの除去の困難さが残る。

 一方、水素に窒素を混合した系では、混合比率によってH原子以外にNH分子イオンなどの窒素含有のラジカルが生成する。前述の通り有機物に水素原子が作用すると有機ラジカルが生成するので、その部位にNとの結合を生じて、最終的にC2N2やHCNといった生成物が表面に生成する。CO2に比べ揮発性が低いために、低エネルギーのイオン照射や加熱といった揮発のためのエネルギーが必要にはなるが、有機物の種類によっては効率が高くなる。

 表面反応は非常に複雑であるが、プラズマをベースにした活性化学種を活用した有機物除去は効果的であり、材料選択比をとれる面はドライの特長である。

(c) シリコン酸化膜

 基板へのコンタクト面など、シリコン酸化物はウェットと類似に無水フッ酸(HF)の蒸気によってSiO2+4HF → SiF4 ↑+ 2 H2O↑の反応によって室温でも除去できる。ドライ化の要望として微細構造にダメージが少ない点が挙げられるが、現実には化学気相成長(CVD)堆積した絶縁膜に微細孔の孔底部の自然酸化膜を除去したい要望がある。このCVD膜にはボロンやリンを添加した高温で流動性のあるBPSG膜が使われるが、ドライ、ウェットのHFともにエッチング速度が非常に高くなってしまう。このことは微細孔の孔側壁のBPSGが、よりエッチングされて孔径の肥大をもたらし、最悪は隣接間の配線を短絡させてしまう。そのため、ウェットでもNH4F溶液をもちいたりしてエッチング速度を低くするのであるが、図4に示すようにBPSG膜では水分の影響によりホウ酸や燐酸による溶解があり、ウェットではエッチング速度が高くなる。

 そこで、水分影響をなくしたドライでNH4F系のエッチャント生成による除去が望ましく、水素系プラズマのダウンフロー領域でNF3を添加すると、表面でプラズマ生成したH原子と下流添加されたNF3が反応して、SiO2のエッチング反応を生じる。このとき、表面には反応生成物となる (NH4)2SiF6塩が堆積して、さらなる反応に対しては阻害し、自己整合的に自然酸化膜以上を過度にエッチングされない。(被覆された生成物は処理後の加熱により分解・昇華により除去される。)この結果、側壁は肥大せずに孔底部の自然酸化膜除去の処理が実現する。この効果は、ドライならではの特長である。

(d) 銅酸化膜

 配線の銅表面の酸化物は水素などの還元性プラズマによっても還元されるが、ウェハ上の他の部位(絶縁膜など)に悪影響が及ぶことがある。そこでダメージレスな酸化物除去手法が望まれる。その一つに有機酸(カルボキシル(-COOH)基を有する物質)蒸気を活用できる。表面での反応は図5に示すように進行する。酸化銅表面に有機酸蒸気を暴露することにより有機酸の水素が引き抜かれ表面カルボキシレートを形成する。この表面生成したカルボキシレートを揮発させるとエッチングとなり、分解させられれば酸化銅の還元となり、表面から酸素を除去したCu表面を得られる。カルボキシレートの分解反応を促進するために基板温度には200℃程度が必要となるが、水素ガスによる還元などに比べても低温で実現する。もっとも単純な有機酸にはぎ酸(HCOOH)があり、どのような分子基をもった有機酸をもちいるかによって反応の進行が制御され、銅表面の自然酸化物などを除去できる。

2.4.3 化学的除去のまとめ

 簡単にウェットとドライによる洗浄方法と原理を説明した。材料面での分離を行い、実際にはサイズ面の選択性も加味されるが、いかに汚染除去に最適な反応系を選択するかが鍵となる。

図4 酸化膜エッチング速度のフッ化アンモニウムの濃度依存

図5 有機酸と酸化銅表面との相互作用

3.今後の展望

 はじめに、半導体プロセスが「物性と構造の制御」を行いナノメータレベルのデバイスを工業的に製造していく上で、ますます分子レベルの汚染は課題となっている。ここでも原点に立ち返り、作りこまれた材料に作用せず、汚染物質だけを選択的に洗浄除去する要請がある。この要請は新材料が導入されても変わらない。

 次に、この汚染対象の汚染防止と選択的に除去していく手法が開発されれば、使用薬液量は必要最低限になっていき、環境負荷の面が軽減されることが期待される。その意味で、リンス工程で大量に純水を使用するウェット方式から、ドライ方式への転換は望むべきものであろう。

 とはいえ、表面・界面の制御技術としての重要な役割を担っている洗浄としては、その制御効果は、劣化や破壊といった面のみならず、今後はデバイスの信頼性といったあらゆる特性に向けられ、表面処理技術の寄与が解明・活用されていくことを切に願い開発を進めている。

まとめ

 半導体プロセスのおける洗浄方法とその効果について概説してきた。半導体微細化の進展によりナノメータレベルの制御性と、多様な使用経験の少ない新規材料が導入され材料面での選択性はますます重要となってきている。今後は、あらゆるデバイス面での特性、信頼性の向上に効果を発揮する、原理に基づいた効率的な洗浄方法について開発されていくことを期待している。

参考文献

○半導体洗浄、ドライ洗浄について、例えば

[1] 小川洋輝、堀池靖浩「はじめての半導体洗浄技術」(工業調査会、2002)

[2] 大見忠弘編「ウェットサイエンスが拓くプロダクトイノベーション」(サイペック,2001)

[3] 伊藤隆司、杉野林志、石川健治、精密工学会誌 70, 894 (2004).

○微粒子除去、電気化学、表面張力に関して、例えば

[4] J.N. イスラエルアチヴィリ「分子間力と表面力」第2版(邦訳)(朝倉書店, 1996)

[5] S.A. サフラン「コロイドの物理学」(吉岡書店,2001).

[6] 渡辺正、中林誠一郎「電子移動の化学-電気化学入門」(朝倉書店、1996)

[7] 近澤正敏、田嶋和夫「界面化学」(丸善、2001)

○プラズマプロセス、気相化学反応について、例えば

[8] M. Liberman, Lichtenberg. "Principles of Plasma discharges and materials processing", (Wiley, 1994)

[9] J. Warnstz, U. Maas, R. W. Dibble, "Combustion" (Springer, Berlin, 2001)

○熱力学データについて、例えば

[10] 日本化学会編「化学便覧」改訂第5版(丸善, 2004)

[11] D. R. Lide, Handbook of Chemistry and Physics, 87th ed. (CRC Press, Florida, 2006).

[12] NIST chemistry webbook (http://webbook.nist.gov/chemistry/)

[13] Wagman, J. Phys. Chem. Ref. Data 11, 2-154 (1982); NIST "critically selected stability constants of metal complexes database software" (2004)

(c) Kenji Ishikawa


Last-modified: 2020-11-20 (金) 23:13:30