第3 章 フルオロカーボンラジカル,イオンと表面の相互作用
3.1 序
3.1.1 本章の構成
フルオロカーボンプラズマによるシリコン酸化膜エッチングは半導体素子の配線構造を形成するために,レジストマスクや下地シリコン,シリコン窒化膜に対して,絶縁膜であるシリコン酸化膜を選択的にエッチングすることが要求される.このエッチングプロセスでは,デポジションとエッチングが同時に進行する非常に複雑な化学反応が生じており,加工形状やプロセス安定性の制御が困難であるという問題を抱えている.そのためプロセス条件の設定がどのように実際のエッチングプロセスに反映されるのか,素反応に遡って解明されることが望まれている.
はじめに,フルオロカーボン(a-C:F)膜の堆積に関与する気相化学種としてCF2 ラジカルの挙動が多くの研究者に着目されてきた.CF2 ラジカル量がa-C:F 膜堆積に関与しているとの考察がなされていたが,実際にCF2 ラジカル量とa-C:F 膜の堆積過程の関係については多く調べられていなかった.そこで,CF2 ラジカルと表面のa-C:F 膜堆積過程を同時観察により,その関係について調べた結果について説明する.ここでは,過去の研究において提唱されてきた気相中のCF2 ラジカル時空間分布モデルとの比較を行い,1×1011 cm−3 以上の高密度プラズマの新しい様相について詳細を示す.このような高密度プラズマでは,CF2 ラジカルがa-C:F 膜堆積の直接的な要因であることを決定付けるには至らず,他の堆積要因が支配的であることを明らかにした.
次に,高密度プラズマで絶対量が増えているフルオロカーボンイオン(CF+x )について着目する.質量分離されたCF+x イオンとSiO2 表面との相互作用について調べたので,その結果について説明する.過去には,十分加速されたイオンはエッチング反応に寄与し,SiO2 上では堆積しないと考えられていた.a-C:F 膜の堆積にはラジカルの影響が大きく働くという解釈がなされていた.しかしながら,その詳細は不明のままであった.このことから,まずラジカルの存在しない状況でのイオン単独の反応を知りたいという要求があった.そのために,試料にイオン照射している間も,真空度を10−7 Pa 程度と十分高い真空度を保てるように工夫して実験を行った.その結果,CF3 に比べF が少ないCF+ イオンでは,従来はエッチングにしか寄与しないと考えられていたエネルギーである500 eV 以下のエネルギーで照射してもa-C:F 膜の堆積が起こることを示した.一方,CF+2 などとF の量が増えるに従いエッチングの傾向は強くなる.またイオン照射ドー
ズに依存してSiO2 のエッチングからa-C:F 膜の堆積にモードが遷移するという知見を得た.
3.2 フルオロカーボンラジカルと表面の相互作用
3.2.1 はじめに
フルオロカーボンプラズマを用いたシリコン酸化膜(SiO2)エッチングにおいてa-C:F膜を形成する堆積種としてCFx ラジカルの役割が注目され,その気相中の挙動は多く研究されてきた.これまでの研究では容量結合型プラズマ(CCP; Capacitively Coupled Plasma)が対象とされ,測定が多くなされてきた.一方で誘導結合型プラズマ(ICP; Inductively Coupled Plasma)等の高密度プラズマについての報告は多くなく,実際に高密度プラズマの結果はCCP で得られた結果とは対応しない.CCP はプラズマ密度が低い,動作圧力が高い,プラズマ生成とバイアス印加の機能分離がなされていないといった点から,例え関与する素過程が同じであったとしてもCFx ラジカルの時空間構造に大きな相違がある.また,表面反応の理解においてもイオンの関与が異なることが考えられるので,バイアス印加の効果を分離した上でイオン照射の影響を検討することが望ましかった.
背景~ラジカル密度分布
これまで調べられてきたフルオロカーボンプラズマ中のCFx ラジカルの時空間構造について述べる.ラジカルの分析手法には四重極質量分析(QMS; quadruple mass spectrometry),赤外レーザー吸収(IR-LAS; Infrared laser-absorption spectroscopy),レーザー誘起蛍光(LIF; Laser Induced Fluorescence),プラズマ発光分析(OES; Optical emission spectroscopy)などが主に用いられてきた.
気相中のラジカル密度は,壁近傍でa-C:F 膜堆積によって減少すると考えられている.例えば,プラズマを消した後(アフターグロー)で密度の時間的な減少や壁近傍での密度勾配から,ラジカルと壁表面との相互作用が考えられてきた.そこで,それらの考え方を簡単に説明する.アフターグロー中のラジカル密度n を測定し,ラジカルが減少していくプロセスにはラジカル-ラジカルの再結合,F 原子との結合,表面での堆積損失が支配的であると仮定する.したがって,n の時間変化は
(式)
で与えられる.ここで,kr,kf ,ks はそれぞれ再結合,形成,表面損失の反応係数である.チャンバーの表面積A と体積V として,壁面へのラジカルの熱速度ν と表面損失反応係数s を用いて,ks ≈ sν A/V である[1].
表面近傍のラジカル密度分布は拡散に支配されていると仮定して,壁表面から鉛直(z)方向の1次元の問題に簡略化して考えると,表面方向と表面から離れる方向での総和で正味のフラックスは,
(式)
で与えられる.ここで,表面z = 0 では表面損失係数s に応じてフラックス損失すると仮定して,Γ = sΓz=0 で表す.ここで,拡散係数D = 1/3νλ を導入し,この表面損失係数sを用いて,ラジカルの拡散フラックスΓ は,
(式)
で与えられる.ここで,νz はz 方向のラジカルの熱速度であり,ν =(式) である.kはボルツマン定数である.例えば,分子量m = 50 のCF2 では,温度T=400K の時,ν = 4.1×104cm/s となる[1].このように,ラジカルの表面近傍の密度勾配と時間変化は,表面との相互作用を反映して決定されると考えられた.
背景~ラジカル計測
1987 年にBooth らはCF4/O2 の平行平板プラズマのCF,CF2 のラジカルをLIF 法で調べ,O2 添加量を増やすとCFx ラジカルが減少していくことを示した[2].ほぼ同様の実験をHansen らも行っている[3].その後,Hansen らは,励起レーザーのビームを電極間でスキャンしていく方法で電極間の分布を調べた結果,RF 印加電極側のCF 密度は電極材料に依存して,密度が減少する分布を示した.この時,接地電極側にはいずれの電極においても密度が減少する分布を示した.印加側電極での材料依存性は銀がもっとも密度減少を示して,アルミとSiO2 が同程度,ポリイミドではほとんど減少しない結果を示している[4].
Kiss らはCF4/5% Ar の70W の平行平板プラズマ中のCF,CF2 ラジカルのz 方向分布をLIF 法で調べ,プラズマ中ではほぼ均一な密度となっており,印加電極,接地電極側共に対称的に密度減少するプロファイルを示した[5].その頃,Booth らもCF4 の50mTorr の100W の平行平板プラズマ中のCF2 のz 方向分布を示し,印加電極側5mm 以下でCF2 の密度減少が見られており,D = 1200cm2s−1,表面損失係数をs = 0.06 と報告した[6].
名古屋大学のSugai のグループのHikosaka らは出現化イオン質量分離法によってCFx(x=1-3) ラジカルのRIE 中の空間分布を求めた[7]. RF パワー50W を14×14cmの電極に印加してCF4 プラズマを生成した.圧力は100mTorr で,電極間隔は60mm であった.電極材料はSUS(Stainless steel)である.印加電極側にはおよそ10mm のシースが形成されており,CF3,CF2 のラジカル密度は20mm 程度のところに極大をもち,接地電極側に向かってCF2 のラジカル密度は減少する分布を示した.さらに,アフターグロー中のCF2の実測の減少レートは∼12.9 ms を計測してs = 0.014 を報告している.このCF4 にH2を添加すると∼250ms を計測してs = 0.00023 とかなり小さくなること,H2 添加時のz方向プロファイルが比較的平坦になっていることを報告している[8]. またSUS 表面よりAl 表面で堆積しにくい結果となった[9]. 観測結果の減少過程は初期のCF2 濃度や圧力に依存しておらず,式3.2.1 から減少過程の支配的な因子は表面損失と解釈した.
Robertson はCF3I プラズマ中のCF2 のs に0.00016 という低い値を報告している.H2 添加で著しくs が低下したことが表面のF が多い場合にラジカルの表面反応が活発になりs が高くなると考察した.
Hancook はCF2 ラジカルのアフターグローの密度減少が50mTorr で8ms だが,200mTorr では15ms であると圧力依存をもつことを報告した[10].
その後,Tserepi がCF4 の100mTorr でのマイクロ波放電の下流でCF2 ラジカルをLIF 法で計測し,下流に置いた材料表面でのラジカル損失係数を調べ,有機ポリマー表面で0.02~0.12 程度の値を報告している.また,H2 添加でアフターグローの減少レートは200ms と長くなることを報告した[11].
1997 年に名古屋大学のKadota のグループのSuzuki らはヘリコン波プラズマのCF2ラジカルを調べ,プラズマコラムからチャンバ-壁に向かってラジカル密度が増加する(concave)プロファイルを示した.壁表面近傍でのCF2 ラジカルの密度分布はラジカルの表面生成を示していると説明した[12–17].
このSuzuki の報告を受けて,1997 年頃からBooth はCF2 の表面生成を報告して,堆積のプレカーサーはCxFy の分子量の大きな分子ではないかといいはじめた[18].その後,プラズマ中のF の量によってCF2 の生成機構が変わる,後述するcyclic モデルとreflection モデルで説明した[19, 20].
名古屋大学のGoto のグループはCHF3 のECR(electron cyclotron resonace) プラズマ中のCF,CF2 ラジカルをIRLAS法で計測し,それらの密度とa-C:F 膜の堆積速度に相関があると報告した[21, 22].Ar のメタステーブルのOES が増加するとCF も増加するCFx ラジカルの生成機構を説明した[23, 24]. 元のデータを見る限り,Ar との相関が有ることを示しているのでCFラジカルのイオン照射による表面生成という解釈も可能である.また,Takahashi らはECR*8プラズマを消滅した直後にはCF2 の増加が見られている[25–27].Miyata らがIR-LAS 法を使ってバイアス印加時にはラジカル密度が低下すると報告した[28–32].他にも,Nakakura らからの報告がある[33, 34].
Haverlag はシース領域でラジカルが多くなる現象をシース中で加速されたイオンとの衝突でラジカル生成すると説明した[35].
New Mexico 大のBauer はCFx ラジカルのIR-LAS 計測を報告している[36].
Crunden はC2F4(TFE*9) とHFPO*10中のCF2 をUV 吸収で計測した結果を報告した[37]. TFE プラズマ中のCF2 の生成は,電子衝撃による解離生成であると考えられるが,プラズマを消滅した直後にCF2 の増加が見られている.これはTakahashi らの観測と一致する.その後,HFPO ガスによる熱フィラメントCVD 中のCF2 をUV 吸収法で測定し,CF2 とa-C:F 膜の堆積速度に相関があると報告した[38].その後,ICP 中の中性ガスの温度上昇に着目し,CF4/O2/Ar 中のIR によるCO とCF のガス回転スペクトルを測定して温度を見積もり,高温となっていることを示した[39, 40].
Arai らはホローカソード型のプラズマ源でCF4/H2 のパルス放電した時のCF2 ラジカルが放電開始からの総放電時間の増加に伴って上昇すると報告した.この時,SUS 基板上へのa-C:F 膜堆積も総放電時間により増加しており,CF ラジカルの管内分布は管壁近傍で密度が低下することを示した[41]. このことからCF ラジカルがa-C:F 膜から生成していると解釈している.チャンバーの幾何形状を考慮したChantry の式[42] を
使った導出方法で,CF4 プラズマ中のCF2 の拡散係数について65 cm2 Torr s−1,H2 添加したCF4 プラズマ中では430 cm2 Torr s−1 の値を報告している[43–45].
ASET のHayashi らはC4F8/Ar 平行平板装置のプラズマ中をアクチノメトリ法でCF2 とC 原子のz 方向分布を求めている[46].CF2 ラジカルやC 原子はRF 印加電極側で減少しており,接地したa-C:F 膜堆積条件で密度が高く,表面でa-C:F 膜がスパッタされることで生成すると説明した.ただし,バイアスをかけると両ラジカル密度は低下することを示している.
松下電器のHayashi らはC4F8/Ar のICP 系のプラズマでCFx ラジカル密度にバルク部での減少が見られており,ラジカルの過剰解離による消滅としてdestruction モデルを説明した[47].
コロラド大学のFisher のグループはCHF3 プラズマで生成したビームを表面に当て,その散乱成分をLIF 法により観察している.この方法をIRIS(Imaging of Radical interacting with surfaces)と呼んでいる[48]. a-C:F膜が存在するとCF2 の散乱成分が増加し,表面がCF2 の生成と報告している.Butoi はIR-LAS とIRIS の結果を報告し,Sowa のモデルを用いて堆積速度からs = 0.0093 の値を報告した[49].
Hebner はICP プラズマ中のCFx ラジカルの回転準位の状態分布から温度を見積もり,プラズマバルク部では温度上昇が見られ,ガス密度が下がることでラジカル密度が低下するというsparse モデルを説明した[50].
Booth のグループからAbada らも同様に誘導結合プラズマのCF2 の回転準位の分布をボルツマン分布で仮定して温度換算し,CF4,50mTorr,250W のプラズマでラジカルのz 方向の温度分布を示した.プラズマバルクでは900K になると報告した[51]. この結果はHebner らのsparse モデル[50] を指示している.
最近では,NIST(National institute of Standards and Technology)のSteffens らも,ラジカルの温度分布を報告している[52].NIST のMcMillin らはAr の2次元LIF を行った後に,CF4/O2 の二次元LIF 法による密度分布を示した[53].その後,Steffens らがCF4/O2 やO2/C2F6 においてCF2 ラジカルの密度分布を示している[54]. また,ラジカル密度分布とRF の電気的なモニタの関係を示している[55].
ラジカル時空間構造決定のモデル
フルオロカーボンプラズマ気相中のCFx ラジカルの生成・消滅機構には多くのモデルが提案されている.
1. CFx ラジカルがポリマーを堆積し,そのポリマー表面にイオンが照射されCFxラジカルが生成する[17],気相中でオリゴマー生成により消滅するcyclic モデル[19].
2. CF+x イオンが表面で中性化して反射するreflection モデル[20].
3. CFx ラジカルがイオンで照射された表面に吸着して消滅するadsorption モデル[6].
4. CFx イオンがプラズマシース中を通過する際にガスとの衝突でCFx ラジカルを生成するsheath-generation モデル[35].
5. CFx ラジカルの密度はプラズマ中では高温のため低下しているとするsparse モデル[50].
6. バルクプラズマでは電子衝突によって解離して破壊するとするdestruction モデル[47].
などが挙げられる.
ここで,イオンが関与して表面で生成するcyclic モデルでは,ラジカル密度分布が表面に近づくにつれて増大(concave) する観察結果を説明する[19, 20].すなわち,表面からプラズマに向かう正のラジカルフラックスが正味で存在し,プラズマ中での電子衝突解離以外のラジカル生成機構に,a-C:F 膜にイオンが照射してCFx ラジカルが発生するCF+2 +a-C:F 膜→ CF2 が考えられている.そして,表面生成したラジカルが再度気相中でオリゴマー形成して,分子量の大きなCxFy ラジカルや分子がa-C:F 膜の堆積を担う
とする.
それ以外にイオンがa-C:F 膜と反応してラジカルが生成するとして,a-C:F 膜の無い表面では入射するイオンがラジカルとなって反射した形で生成するreflection モデルCF+2→ CF2 が考えられている.しかし,これらは主にCCP の結果を説明するもので,プラズマ生成部とバイアス印加部が機能分離・空間分離されていないという点でさらなる検証が必要である.そこで,これらの提唱されるモデルは気相中のラジカルとa-C:F 膜の表面堆積過程の同時計測をすれば明らかになることである.そこで,この点に焦点を絞って検討した.
LIF 法によるCFx ラジカルの分析は優れた時間分解能を有しており,励起レーザーのシート化と蛍光の検出を二次元に行う平面Planar LIF(PLIF) 法が,その空間分布検出において優れている[53–55].この方法を適用しICP プラズマのCF2 ラジカルの2 次元計測を行い,基板近傍におけるCF2 ラジカル挙動と表面堆積膜ならびにイオン照射との関係を明らかにする.
3.2.2 実験
実験で用いた装置の該略図を図3.1 に示す.反応室は内径約250 mm のアルミ製で,反応炉の上部には厚さ9.5mm の石英板を設け,100mm 径のICP のコイルによってプラズマが生成できるようになっている.石英板から60mm 離れた位置に口径100mm のステンレス(SUS)製の基板ステージが設けてある.ICP コイルには13.56MHz のRF パワーが印加でき,基板ステージの電極には1MHz のRF パワーが独立して印加できるようになっていて,プラズマ生成とバイアス印加が分離して行われる構成になっている.Ar とc-C4F8 の混合ガスを全流量100sccm 流して,圧力は2.5Pa でプラズマを生成している.
チャンバー容積からガスの滞在時間は200ms 程度である.SUS 製の基板ステージに熱伝導性の高い接着テープでATRプリズム加工したGe の基板を取り付けた.ステージは12 度に保たれている.Ge のATRプリズムは100mm 口径のウェハであり,厚さは1mm のものを用いた.対向する端部に45 度の赤外光の入射面が設けてあり,プリズム部の長さは80mm になっている.このGe の表面にはSi やSiO2がスパッタされたものも用意した.
反応炉の窓にはLIF 用に合成石英(UV グレード;シグマ光機製)を使用した.(図3.1) プローブビームはz=30 の高さでチャンバー中心を通って通過させ,90°方向に放出される発光をCCD カメラの2次元像(384 × 286pixel)として検出する.CF2ラジカルについては,エキシマレーザーポンプの波長可変の色素レーザー(Coumarin47A)により波長234.2nm(X1A1(0, 0, 0) → A1B1(0, 11, 0) で励起した.ビームのエネルギーは0.1mJ/cm2 と低く保ち蛍光の飽和を避けている.受光側中心波長254.7 nm(FWHM=11.2nm)でフィルターして検出した.
PLIF 法については,F=158 mm とF=−50 mm のシリンドリカルレンズを用いて20mm×1 mm 程度のシートビームを作成してチャンバー中心軸を含む垂直面を励起する.250~400nm のバンドパスフィルターを装着した感度増感型のCCD カメラにより基板径方向(r) と基板垂直方向(z) を二次元(384 × 286 pixels) に取得した.プラズマ発光のイメージをバックグランドとして差し引いた上で,レーリー散乱光の検出により求めたレーザービームの強度分布で規格化してCF2 ラジカル密度を求めた.基板表面すれすれのz ≤ 2mm はレーリー光の測定においてウェハ表面からの散乱光が含まれている可能性があるので議論からは除外するようにしている.そこで,ここではCF2 ラジカル密度として3 ≤ z ≤ 5mm の領域の平均を計算した.
FTIR の赤外光はミラー光学系でATR プリズムに集光し内部で約40 回反射した後,反対側の出射面から出た光をレンズで集光して液体窒素温度に冷却したMCT*13検出器で検出した.スペクトル分解能は8cm−1 であった.
IRATR のスペクトルはプロセス前の基板だけの信号をバックグランド信号として差し引いている.プラズマ生成による基板温度の上昇による赤外透過性の変化はスペクトル解析により差し引いた.1230cm−1 付近のCF 結合ピークと1710cm−1 付近のバックボンドにF を有するC=C 結合をモニタした.これらの結合に由来するピークからa-C:F 膜厚をモニタした.時間分解能は2s としている.
プラズマ密度はチャンバーの中心部(r = 0, z = 30 mm)でプラズマ吸収プローブ(ニッシン)により測定した[56].プローブは4mm 長さのアンテナを4mm 径のガラス管で作製している.
調べたプラズマの電子密度のRF パワー依存性を図3.2 に示す.100% CF4プラズマにおいては,この印加RF パワー範囲では動作モードは容量結合性(e モード)であり電子密度は低いままであった.Ar で希釈したCF4/Ar(=10/90%) プラズマでは,50W 以上のRF パワーで既にe モードから誘導結合性(h モード)へ遷移しており,高い電子密度となっている.さらにc-C4F8/Ar (=10/90%) プラズマについては,100Wを境にRF パワーの増大でe モードからh モードへの遷移が起こる.これら,CF4 を用いたプラズマではa-C:F 膜堆積はほとんど起こらないが,c-C4F8 を用いたプラズマではa-C:F 膜堆積が著しく多い.
3.2.3 結果~CF2 ラジカルの基板近傍2 次元計測
SUS 電極近傍のCF2 ラジカルの濃度のz 方向分布をLIF 法で調べた結果を図3.3 に示す.CF4 プラズマ中ではSUS 電極に近づくにつれてCF2 密度の減少が見られており,SUS 電極表面はCF2 ラジカルの損失箇所とみなせる.しかしながら,c-C4F8/Ar 中のz方向分布に見られるCF2 密度では,SUS 電極表面に増加が見られる.Si 基板の結果でも同様である.この時,r-z 分布は図3.4 に示すようにチャンバー側壁などに向かっても増大傾向が見られ,壁面へのa-C:F 膜堆積によって見かけ上ラジカルの発生箇所(ラジカルソース)とも見られる.このような壁表面に密度増加が見られるr-z 分布は,a-C:F 膜が堆積した表面にイオンが照射されCF2 ラジカルを生成するというcyclic モデルで説明可能であり,過去の報告例にある実験結果とも合致する.一方,CF4 プラズマ中のSUS電極にバイアス印加した時に見られるz 方向プロファイルを図3.3 にあわせて示しているが,バイアス印加の有無で分布に変化がみられない.このことは,イオン入射によりCF2ラジカルが表面で生成するというreflection モデルには合致せず,従来のCCP プラズマの結果を説明するモデルに無理があるのではないかと考えられた.
表面の材質には,Ge 基板を用いている.これは,赤外分光法により同時に,a-C:F 膜の表面堆積を観察するためである.Ge 表面とSi 表面で観測したCF2 ラジカルの挙動に,基本的な相違は見られなかった.このため,Ge 表面での実験結果について示している.
結果~CF4
まず,CF4(=100%) プラズマをe モードで生成した時のCF2 の密度のz 方向分布を図3.5 に示す.CF2 の密度は,投入パワーの増大とともに増加している点は従来のCCP の結果と合致している.しかしながら,r-z 分布を図3.6 に示すが,基板に向かって増大するあたかも基板表面がラジカルソースのようになって,基板中心に向かって増大するという特異な分布を示している.このことを,本実験のPLIF 法によって初めて明らかとなった.電極にはバイアスパワーが投入されていないので,ラジカルの表面生成モデルからも説明しがたい分布である.Si 基板とチャンバー内壁材料に対する表面吸着係数の違いを反映したと,むしろ考える方が妥当である.
結果~CF4/Ar
CF4 ガスを用いているがAr で希釈してCF4/Ar(=10/90%) のh モードのプラズマを生成した時のCF2 ラジカル密度のz 方向分布を図3.7 に示す.基板からプラズマ側への濃度減少(concave)が見られており,あたかも基板がラジカルソースのように考えられる.e モードのCF4(=100%) プラズマの結果である図3.5 では,RF パワー依存性は単調な増加が見られるが,このh モードではRF パワーが高い時にラジカル密度の絶対量に低下が見られる.また,図3.8 に示すr-z 分布を見ても,これらの系ではa-C:F 膜堆積が少ないにも関わらず,チャンバー側壁も見かけ上ソースと見なせる点で,表面生成のモデルで説明は困難である.この結果を見る限り,イオンの表面入射によってラジカル生成を唱えるreflection モデルを支持しない.やはり,見方を変えてh モードではプラズマバルク部にCF2 の過剰解離などによる破壊機構が存在していると解釈するのが自然である.
結果~c-C4F8/Ar
c-C4F8/Ar(=10/90%) プラズマにおけるCF2 ラジカルのz 方向分布を図3.9 に示す.この時,プラズマ発光強度(SE)のz 方向分布を図3.10 に示す.プラズマ発光強度(SE)は正確には干渉フィルター透過波長域の発光種の発光強度であるが,電子密度を反映したものと考えられる.これらの各プロットから得られる空間平均値の印加RF パワー依存性を図3.11 に示す.図3.11 からわかるように,パワー増加に対して比較的低プラズマ密度のe モードのパワー領域(< 100W)ではCF2 とSE の両方に増大の傾向が見られている.しかしながら,h モードに入り比較的高プラズマ密度のパワー領域(> 200W)では,SE に増大が見られるがCF2 には減少がみられる.このようなCF2 密度に減少が見られた時のz 方向プロファイルをみると,CF2 とSE の密度関係は逆比例した関係となっている.このことは,h モードにおいて,表面にa-C:F 膜の堆積が著しい系であってもプラズマ中の破壊機構が支配的であり,この破壊機構は基板近傍のz 方向プロファイルに及んでいることを記しておく.
結果~基板バイアス
これまでのガス組成とプラズマ密度を変えた結果では基板バイアスを印加していない.このことから,a-C:F 膜は常に膜厚増加をともない堆積し続けている.一方,基板バイアスを印加することで,表面堆積するa-C:F 膜はイオン照射によるスパッタリング効果が優勢となり,定常的に形成されるa-C:F 膜が表面を薄く覆っている状態になる.このような基板バイアスの印加時でのCF2 ラジカルおよびプラズマ発光強度(SE)のz 方向分布を図3.12 に,CF2 ラジカルのr-z 方向分布を図3.13 にそれぞれ示す.z 方向分布やr-z分布からわかるように,基板表面からプラズマ側に濃度減少が見られ,表面がラジカル生成ソースとみなせる分布である.ただし,基板バイアス印加によって絶対的なラジカル密度には減少が見られ,表面からラジカル生成するという説明には矛盾する.SE のz 方向分布では基板バイアス印加によりシース形成がなされるが,プラズマ密度は基板側でも持ち上がり,ラジカル密度分布がプラズマによって基板側で減少傾向と見られる.このことは,プラズマ密度が上がることでラジカル破壊機構が顕著になるといった説明が可能であることを示している.しかしながら,a-C:F 膜とイオンが関与したcyclic モデルに従えば,基板バイアス印加によってa-C:F 膜も消失しているので,それらを否定しているとはいい難い.別な解釈として基板材料のエッチング反応にCF2 が消費されたということも可能であった.
3.2.4 気相ラジカル密度と表面a-C:F 膜堆積の同時観察
気相中のラジカルと表面との相互作用は複雑である.気相中のラジカルと表面のa-C:F膜の間の相関を示す実験データはほとんどなかった.そこで,これらの関係を明らかにするため,“その場で”気相中のラジカルの密度測定と,同時に表面のa-C:F 膜をモニタし,相関を調べることとした.この目的のために,PLIF 法によるラジカル測定と同時に“その場”赤外分光によるa-C:F 膜の観察を行った.
結果~a-C:F 膜堆積とCF2 ラジカル密度のプラズマ密度依存性
C4F8/Ar プラズマの結果について表面近傍のCF2 ラジカル密度のプラズマ密度依存性を図3.14 に示す.図にはc-C4F8 分圧を変えた時の結果をあわせて示している.基板にバイアスは印加していない時のa-C:F 膜の堆積速度は図3.15 に示している.プラズマ密度が5 × 1010 cm−3 以下では,プラズマ密度を上げるにつれCF2 密度も上がる.この時,a-C:F 膜の堆積速度は1 nm/s 以下と小さい.一方,プラズマ密度が5 × 1010 cm−3以上では,逆にプラズマ密度を上げるに連れCF2 密度が下がっていく.この時,a-C:F膜の堆積速度は高くなる.この結果からプラズマ密度が高くなるとCF2 ラジカルはもはやa-C:F 膜堆積の主要なプレカーサーではなく,表面で生成するという考えを支持しているようにも見られた.しかしながら,c-C4F8 の分圧依存を見る限り,プラズマ密度の増加とともにCF2 が減少し,それにも関わらずa-C:F 膜堆積速度に増加が見られることも,a-C:F 膜からCF2 の生成ではないことを示唆している.このようにICP を使った高密度プラズマでは,CCP プラズマで得られた知見が必ずしも有効でないことを示している.
以上述べたCF2 ラジカル密度とa-C:F 膜堆積速度との間の逆相関は,これまでに提唱されたモデルによって説明できない.実験事実から素直に考えるとCF2 ラジカルはa-C:F 膜堆積の主要なプレカーサーとして働いていないということである.また,プラズマ密度が増加することに逆比例してCF2 ラジカル密度が低下するので,電子衝突解離によるCF2 ラジカル生成よりも過剰解離による消滅が優勢なことが考えられる.これにはCF2 ラジカルの寿命が~100 ms と長いことが影響している.すなわち,CF2 ラジカル生成は母ガスの分圧によって制限されているが過剰な電子衝突によってCF2 ラジカルの消滅が無視できなくなる.この考えから,CF2 のラジカル密度は,プラズマ密度(ne) に依存して
(式)
と考える.ここで,kg とkd はCF2 の生成と消滅の反応レートである.初期条件で,母ガス密度([CxFy](t=0) = [CxFy]0)と[CF2](t=0) = 0 として微分方程式を解くと
(式)
の解が得られる.c-C4F8 の分圧依存の実験結果に合うように,kd,kg,t をフィッティングして求めることで得られた結果を図3.14 の実線で示している.このように,実験値を良く説明する.
結果~5%c-C4F8/Ar
図3.16 に同時観察したa-C:F 膜厚とCF2 ラジカル密度の時間変化を示す.Ar 希釈の5%c-C4F8 プラズマを2.5Pa で生成した時を0s で示している.RF パワーは150W でneは1.3×1011cm−3 である.この時,a-C:F 膜が堆積速度は4.4 nm/s をもって堆積する.およそ40s 後に基板側の電極にRF バイアスを印加して自己バイアスが−300 V が発生した.この結果,シースで加速されたイオンが照射され,a-C:F 膜はスパッタリングされる.このa-C:F 膜のスパッタリング速度は17.4 nm/s と見積もられた.さらに,60s にはスパッタリングが完了して,表面にa-C:F 膜は覆っているものの数nm 以下と薄い膜厚で定常状態となる.
表面近傍のCF2 ラジカル密度のz 方向プロファイルを図3.17 に示す.このz 方向プロファイルの3~5mm の領域の平均した値を図3.16 に示している.a-C:F 膜が堆積している45s までの期間はz 方向プロファイルに変化は見られない.また表面に向かってCF2密度が増加するconcave なプロファイルとなっている.バイアスを印加した直後の45sでのCF2 密度は表面近傍のみならずバルク付近のプラズマ中までも上昇し,任意単位で堆積時の2.8 から4.2 に増加する.a-C:F 膜のスパッタが終了する60 s にはCF2 密度も減少し,a-C:F 膜の堆積時の密度よりもさらに低下している.
a-C:F 膜の堆積とCF2 密度との関係を詳細に調べるためにバイアスパワーを変更した実験を行った.図3.18 に同じく時間変化を示しているが,バイアスパワーを落として自己バイアスで−150V を印加した時の結果である.堆積レートは図3.16 と同様に4.1 nm/sとなっており,CF2 密度やz 方向のプロファイルに相違は見られなかった.60s 経過後にバイアスを印加してa-C:F 膜のスパッタ除去が始まるとCF2 密度に増加が見られる.
バイアスパワーが低いためにスパッタ速度は10.6nm/s と低下している.これに対応してか,CF2 密度は任意単位で3.8 にしか増加せず,この値は–3000 V の時(4.2)に比べ低い.このようにa-C:F 膜のスパッタ速度とCF2 密度の増加には相関がみられている.
次に,c-C4F8 の分圧を10% に高くした時の結果を図3.19 に示す.分圧を上げたことでRF パワーを225W に上げてne は1.0×1011cm−3 にあわせている.しかしながら,若干低い値となっている.プラズマ生成するとa-C:F 膜の堆積が見られるが,堆積速度は3.5nm/s と5% の分圧時と同等であった.この時のCF2 密度は分圧を2 倍に上げたことで,任意単位で8 程度と2 倍程度増えている.それにも関わらず,a-C:F 膜の堆積速度が高くならない.60s 経過後に基板にバイアスを印加して自己バイアス–220 V が発生した.このときa-C:F 膜はスパッタ速度7.8 nm/s をもってスパッタリング除去されている.しかし,CF2 密度に増加は一切見られない.さらにa-C:F 膜が数nm 以下の定常膜厚に達すると,さらにCF2 の密度は低下して任意単位で6 程度になっている.
直接的にスパッタによるCF2 生成の効果を見るためにAr のみでRF パワー50W でプラズマを生成した.プラズマ密度ne は1.0×1011cm−3 に合わせて,バイアス印加により自己バイアス−150V が発生させ,CF2 密度を観測した時の時間変化を図3.20 に示す.スパッタ除去により表面で発生したCF2 は,任意単位で0.1 となっている.このことから,a-C:F 膜のスパッタリング効果によるCF2 の表面生成が裏付けられたものの,c-C4F8 プラズマでこれまで見てきた値の10 分の1 程度しか,スパッタリング効果で生成していない.
ここまでの結果を素直に考えると,CF2 の濃度がプラズマ側で減少するからといってCF2 の表面生成とは考え難い.一方,バイアス印加前後の定常状態でのCF2 の密度を比較する限り,a-C:F 膜堆積に失われることによってCF2 密度が変化しているようとも見られない.このプラズマ密度が高くなると常に表面側で密度が高く検出されるので,この結果の説明にcyclic モデル,reflection モデル,シース生成モデルは不適当である.このように,今回の結果から表面生成のモデルでは矛盾する.とはいえ,バイアス印加によるスパッタリング効果でa-C:F 膜からCF2 の生成は裏付けられたが,その生成量はあまりにも少なく,CF2 ラジカル密度の説明にはsparse モデルやdestruction モデルが適当だという結論をえた.
一般にプラズマの発光強度はプラズマ密度を反映していると考えられる[50]. プラズマ発光密度(SE) とCF2 の密度の表面近傍でのz 方向プロファイルを図3.21 に示す.表面近傍で両者に逆相関が見られており,プラズマバルク部へのCF2 密度低下は過剰な電子衝突によるdestruction モデルによる説明が有望と考えられる.
3.2.5 まとめ
フルオロカーボンラジカルの気相中の密度分布の決定要因について調べてきた.CF2ラジカルの基板近傍の密度プロファイルが重要と考え,PLIF 法を用いて2次元の時間分解計測による観察を行ってきた.この時,IR-ATR 法によるa-C:F 堆積膜を同時計測することに初めて成功して,ラジカル密度分布とa-C:F 膜堆積挙動の相関を明らかにした.
これまでに,ICP などの高密度プラズマ中のラジカル密度には表面近傍の密度が高くなるconcave なプロファイルが観察され,表面でCF2 ラジカルが生成するモデルが提唱されていた.しかしながら,本実験の気相中と表面の同時観察結果から表面生成モデルは支持されなかった.