3.3 フルオロカーボンイオンと表面の相互作用
3.3.1 はじめに
フルオロカーボンプラズマにおけるエッチング表面反応は非常に複雑であるので,よく制御されたイオンビームを用いた表面反応の解析が有用である.実際のフルオロカーボンプラズマによる反応性イオンエッチングでは,表面をシースで加速されたイオンが照射して複雑な化学反応が進行している.一方で,素反応を解明するためにイオンビームを用いたイオンと表面の素反応について調べられてきた.
背景~F によるSi エッチング
Winters とCoburn はアモルファスシリコンにXeF2(xenon difluoride)ガスを供給すると0.5nm/min程度であるが,同時に450eV に加速されたAr+ イオンを照射するとSi のエッチング速度が5 nm/min 程度に高くなり,XeF2 の供給を停止してAr+ のみでも<0.5 nm/min以下のエッチング速度にしかならないことを示した.このように,イオンアシストの化学反応として,化学スパッタが考えられている[57]. イオンの役割には
1. ダメージ,励起表面,F 吸着サイトの形成,
2. 非平衡表面反応,
3. 2次電子放出,
4. 表面解離,
5. 加熱,
6. 電子励起
があげられている.
背景~F によるSiO2 エッチング
一方,アモルファスのSiO2 にXeF2 を曝してもエッチングは生じない.但し,F は少なからずSiO2 をエッチングし,この時の反応確率は3×10−5 と見積もられている[58].
Steinfeld らはCF2,CF3 のラジカルをSiO2 に暴露したが,SiO2 のエッチングは見られていない.
Rossi とGolden らによっても同様の結果が得られている.Tu らによって,SiO2 をCF+3 イオンのみでエッチングした場合に,入射角度30◦ で1keV でのエッチングイールドには2 程度が得られている.この時,同時にXeF2 を供給してCF+3 イオンを照射するとイールドが5 程度まで増加することが報告されている[59].
Flamm とDonnelly らがにSiO2 表面にイオン照射でF 吸着のサイト形成して反応生成物が形成されると提案した[60].しかしながら,Winters はイオン照射したSiO2 表面を用意して,XeF2 を供給してもSiO2 はエッチングされないことを示した[61]. 同様の結果をLoudiana とLangan も別々に報告しているこの結果からSiO2 表面へのF 吸着サイトの形成はSiO2 エッチングに大きく影響していないと考えられている.一方で,フルオロシリル(SiOxFy)層の形成には着目されているということもある.Oostra らは反応生成物の速度分布を調べ,それらは熱エネルギー分布と衝突カスケード*15の重畳した分布であり,化学結合切断(物理スパッタ)ではなく化学反応律速(化学スパッタ)であると解釈した説明をおこなっている[62, 63].このことは,表面にイオン照射によって形成が促進されるフルオロシリル層が存在して,このフルオロシリル層にイオンが照射して揮発性の反応生成物が熱的に脱離するプロセスが存在すると考えられている.
3.3.2 背景~分子動力学を用いた研究
UCB 校*16のGraves のグループは,分子動力学計算によってエッチング反応について調べている.ここでの分子動力学計算は粒子間相互作用のポテンシャルを用いて,ニュートン運動方程式に沿った運動追跡によってなされている.Graves のグループではBaroneやTanaka によってSi-F 系やSi-C-F 系でのポテンシャル開発を通して,イオンビーム実験と対応するような計算結果を報告している[64–75].Graves のグループでは開発されたポテンシャルからSi に対するエッチング反応しか計算の対象となっていない.
京都大学の浜口のグループのOhta らはSi-O-C-F 系のポテンシャルを開発し,SiO2 表面でのエッチング過程を分子動力学計算で示している[76, 77].これら分子動力学計算による計算結果は,系のアンサンブルを細かく知る上で極めて有用である.
名古屋大学の菅井グループのToyoda らから,Graves らの分子動力学計算に合致するビーム実験結果が得られたという報告もなされている[78, 79].
背景~CF+x によるSi エッチング
フルオロカーボンイオンのイオンビームを,ガスのイオン化のみで所望のイオン種を生成するのは困難である.CF4 を放電してイオン化すると大半をCF+3 イオンの比率にすることはできるが,同時に別のフラグメントを生成してしまう.そこで,化学組成を考慮した個々のCFx+ イオンについて調べるためには,質量分離されたイオンビームが必要である.
質量分離イオンビームはアモルファスカーボン(a-C)系の膜堆積には使われていた.Miyazawa らは,イオンソースにCO2 ガスを導入してイオン化したビームを質量分離して,C+ イオンを表面に照射することでa-C 膜を堆積させ,1~10keV の範囲でC+ イオンを表面に照射した時のセルフスパッタリングイールドが最大で0.23 を超えないと報告している[80].ヒューストン大学のKasi のグループからもLifshitz らがa-C 膜堆積について報告している[81].最近では,Lifshitz はイスラエルに移って,報告を続けている[82]. 他にも,フィンランドのKoskinen らから報告がある[83].Ronning はC+ イオンとF+ イオンを別々に100eV で照射してa-C:F 膜を堆積し,60% 以上にF+ を増やすと膜堆積ではなくSi-C-F 層が表面に形成されるが膜成長はないと報告している[84].
他に,Hanley とSinott による有機物にCH 系やCF 系を照射した報告がある[85].
エッチングに関しては,日立のTachi らがアモルファスシリコン(a-Si)を堆積した水晶振動子を用意して,その表面に質量分離されたC+,CF+x (x=1-3),F+ イオンを照射して,その音響振動解析から膜厚の増減を求めることで,エッチングイールドの照射エネルギー依存性を測定して報告している[86, 87].得られたエッチングイールドを図3.22~図3.26 に示す.C+ ではエッチングは起こらずに,SiC 的なものが形成される,またCF+のイオン照射では1keV 近いエネルギーで照射してもエッチングされないと報告された.しかしながら,SiO2 の表面については調べられていなかった.
背景~CF+x によるSiO2 エッチング
初期のCFx+ イオンの反応に関するビーム実験では,Gray らがCF2 ラジカルと250eVのAr+ イオンを同時照射して,ラジカル/イオン比に応じてSi とSiO2 のエッチングイールドが変わることを示した.SiO2 のエッチングイールドはCF2 が供給された方が高くなると報告された[88].
SiO2 表面ではO によるC 除去が働くため,C 堆積ではなくエッチングがなされると考えられてきた.
東芝のSakai らは400eV のCF+ イオンをSiO2 に照射してエッチ深さを測定した結果を報告し,そのエッチング深さの照射ドーズ依存性は図3.27 のように示していた[89].このエッチングイールドが照射ドーズ依存性をもつ理由について,表面がa-C:F 膜の堆積で変性されてイールドが低下するとの解釈を与えていて,三菱電機のShibano らの四重極質量分離のイオン照射の系では,プラズマ発生室からCF2 ラジカルが照射表面に飛来してa-C:F 膜の堆積が引き起こされたと説明していた[90].
背景~入射イオンについて
本研究では実際のエッチング装置での入射イオン種についても考慮した.ASET のHikosaka らやNoda らによって,典型的なプラズマエッチング装置でのAr/c-C4F8 のプラズマ中で表面に入射するイオン種の組成を調べた結果から,全イオンのうち50% はCF+ イオンであることが報告されている[91, 92]. そこで,CF+ とSiO2 表面の相互作用が最大の関心事としている.Si への照射結果からもCF+ イオンはCF+3 に比べ分子のC/F 比が高いため堆積しやすい.前述のSakai らの実験を踏まえ,ラジカルの影響を極力なくした状態でのCF+ イオン単独での表面の変化,しいては堆積過程について詳細に調べられていなかった.そこで,数100eV のCF+ イオンがSiO2 に照射された時の表面変化とa-C:F 膜堆積について調べる必要があった.
また,本研究で使用する実験装置はKarahashi らによって開発され,質量分離されたCFx(x=1-3) の系についての研究が報告されている[93–95]. CF2 ラジカルなどの影響を取り除くために,イオン照射時の背圧を1e-7Pa に保つ多段差動排気装置を有する照射装置を利用して実験をおこなった.本節では,
• ラジカルを排してイオンとの表面の相互作用を解明する,
• CF+ イオンでSiO2 表面にa-C:F 堆積が見られた現象の理由を考察する,
ことを目的とする.
3.3.3 実験装置
図3.30 はイオン照射装置の概略図を示す.Ar 希釈のCF4 をアーク放電にプラズマ生成して,このプラズマ室からイオンを25 kV で引き出すことでイオンビームを生成する.質量分離マグネットによりCFx(x=1-3) を分離した後,Einzel レンズでビームをフォーカスし,デフレクタ-を通すことで中性化成分を取り除いている.この後,試料表面に照射する直前で照射エネルギーまで減速して試料に所望のイオンのみを照射できる.全体で3段の差動排気を通すことで,照射室の圧力は照射時においても1e-7Pa が保たれる[93].イオン電流はファラディーカップで測定する.
シリコン基板を熱酸化して作成した400nm のSiO2 膜を試料とした.はじめに有機溶剤で洗浄した後,希フッ酸につけることで清浄なSiO2 面を露出した.この試料を処理後直ちにロードロック室に導入してイオンビームを照射した.
シリコン酸化膜厚は光学干渉膜厚計で屈折率1.465 を仮定して測定した.照射前の膜厚と照射後の膜厚との差を求めることでエッチング量を見積もった.
XPS 測定
表面組成はX 線光電子分光(XPS) 装置で調べた.ツインアノード(Mg Kα, A lKα)のX 線源と半円球型の電子分光器を図3.31 に示すように取り付けてあり,イオン照射後の表面を“その場で”観察することができる.ただし,その場観察用のXPS 装置は空間分解能が低いため,イオン照射後に装置のロードロック室から取り出して,大気搬送してモノクロ分光されたX 線源を有するXPS 装置**17で測定した.測定は0.5mm φまで絞り込める.
3.3.4 結果~エッチングイールド
500eV 以上のCFx(x=1-3) イオン照射を5e16 以上のドーズした場合に,エッチングイールドにドーズ依存性は見られなかった.1e17 と2e17 の照射をした後にエッチング深さを計測して,エッチングイールドを求めた結果を図3.32 に示す[93]. エッチングイールドは,
(式)
で求められる.ここで,ρ はSiO2 の密度2.2 g cm−3,m は1mol の分子量(g),d はエッチング深さ(cm),Na はアボカドロ数,j はイオン電流(A),e は電荷素量(C)である.
3.3.5 結果~CF+ 照射の堆積過程
300eV のCF+ イオンを照射した時の膜厚計でみられる変化を図3.33 に示す.低ドーズで膜厚減少が見られ,その後,1e17 cm−2 ドーズを超えると膜厚増加が見られている.5e16 cm−2 以下の低ドーズ領域で,SiO2 は厚さにして2 nm程度削られており,エッチングイールドにすると0.1 程度である.これは,ほぼ物理スパッタで得られる値に一致する.一方,1e17 cm−2 以上の高ドーズ領域では膜厚に単調な増加が見られている.この時の膜厚は光学干渉から調べているので屈折率が変わったことも考えられた.そこで実際に,取り出した後で表面探針走査計(Dektak)で調べてみても,突起として検出された.また,これ以後のYanai らの報告にあるように,断面透過電子顕微鏡観察してもa-C:F膜の堆積であることが裏付けられている[94].このように,ビーム実験としては高ドーズであり,実際のエッチングでは通常のイオンドーズレベルである1e17 cm−2 でCF+ イオンビームを照射した場合について調べた結果,300 eV 以下とかなり高いエネルギーで
もa-C:F 膜が堆積することがわかった.
照射ドーズに依存した表面の状態を“その場”XPS で観察した.各照射ドーズで得られたXPS スペクトルを図3.34 に示す.initial で示すように照射前の表面には微量な炭素が検出された.ただし,イオン照射する前に物理的な損傷を与えたくないために,Ar+イオンスパッタなどによる清浄化は行っていない.この表面にCF+ イオンを5e16 cm−2のドーズで照射後には,SiO2 のエッチングが2 nm 程度見られていたが,既に表面にはC とF からの信号の増加が見られている.これは表面へのC とF の蓄積を示している.C 1s の名ロースペクトルには285eV 付近にC-C のピークが見られていて,ドーズの増加にともなってピーク強度が増加していくことが見られる.さらに,照射ドーズを1e17 cm−2 にまですると,C,F の信号強度はさらに増し,高結合エネルギー側に化学シフトしたC-F,C-F2 結合に由来するピークが明瞭に検出されるようになる.これ以上のドーズを照射すると連続的なa-C:F 膜の堆積状態に移行したと見られ,XPS スペクトルに変化は見られなくなる.一方で,Si とO の信号強度はイオン照射ドーズの増加にともない減少が見られている.そこで,a-C:F 膜の連続堆積に転ずると見積もられる照射ドーズ(1e17 cm−2)後の表面のa-C:F 膜厚をSi 2p 信号の減衰から見積もった.a-C:F 膜中の光電子の脱出深さを3.0nm と過去の報告例を仮定して見積もった[96]. この時の厚さは2nm 程度である.実際には層ではなく混在層になっているので膜厚といういい方は正しくない.
3.3.6 考察
エッチング初期の表面では物理スパッタリング起因のイールドにして0.1 程度のエッチングが起きている.この間に表面にC が蓄積していくことが見られる.このような表面変性をともなうことでエッチングから堆積といった遷移過程をもたらしたと考えている.このC 蓄積が堆積を助長する理由に,C-F が表面に滞在しやすいことがあげられる.Si-F では揮発物を形成し脱離してしまうが,C だとa-C:F の形でF も蓄積できる点があげられる.F 量がa-C:F 膜で高く,Si 基板側でSi-F 層が見られないことは,ESR でみたC-F の系に報告がある.このように,a-C:F 膜の堆積過程への遷移はC の表面蓄積が引き金となっている.しかしながら,SiO2 エッチングで生じるO による表面C の消費などを加味した定量的な議論は今後の課題である.実際のエッチングでCF+ イオンが高い比率であって,C/F 比が高いイオンが照射することはプラズマ密度が高くなると堆積レートが高くなることを説明している.その一方で,高密度のプラズマを用いたエッチングプロセスでは表面変性にエッチング特性が依存して,堆積エッチングの遷移が起こりやすくなることが考えられた.
3.3.7 まとめ
質量分離されたCF+ イオンをラジカルの影響を取り除いてSiO2 表面に照射した際にa-C:F 膜の堆積が見られた.このa-C:F 膜の堆積過程は,イオンドーズが低い1017cm−2 以下ではSiO2 のスパッタリングによるエッチングが見られるにも関わらず,1017cm−2 以上のイオンドーズを超えるとa-C:F 膜が連続的に堆積するモードに遷移することを見い出した.この遷移メカニズムを探るために,“その場”XPS を用いて照射ドーズの増加に伴う表面状態の変化を解析した結果,照射ドーズの増加にともない表面のC 量も増加して,表面
のC 蓄積が2nm 程度に達するとエッチングが停止して,連続的な堆積にモード遷移することを示した.この結果から,C リッチなイオン照射が多くなる高密度プラズマを用いたエッチングの表面反応では,表面でのC 蓄積などといった表面変性が引き金となって大きく反応が相転位するような不安定性が生じる.