4.3 エッチングに関わるダングリングボンドのその場観察
4.3.1 背景
フルオロカーボンガスプラズマを用いたシリコン酸化膜エッチングにおいて,表面堆積するa-C:F 膜がエッチング速度や材料選択比に決定する重要な役割を果たしている.本研究が対象とする反応性イオンエッチングは運動エネルギー(1keV 程度) をもったイオンを被エッチング材料表面に入射することで高いエッチング速度を達成し,産業上の利用価値を高めている.
このエネルギーをもつイオンの役割の一つに被エッチング材料を構成する分子の化学結合を切断し,反応生成物の形成速度を増大させるがあると考えられている.一方でその反面下地基板に損傷を残す弊害がある.このように相反する側面をもつためにエッチングプロセスの制御では微視的な反応機構の理解が欠かせない.この過程を明らかにするために化学結合切断で生じた未結合種(ダングリングボンド)の観察を試みた.ダングリングボンドという観察対象を考察することで,ここまで調べてきた反応における物理化学的な機構解明を行うことを目標とする.
多くのダングリングボンドは電子スピン共鳴分光(ESR) 法によって観察可能であるが,表面に形成されるダングリングボンドは,測定装置への搬送中に大気に曝されることの影響が懸念される.つまり,化学活性なダングリングボンドは大気中ガス分子の吸着(反応)によって終端されるので,“反応に寄与する”ダングリングボンドは観察できないこととなる.そこで,既に膜堆積や酸化の系においてダングリングの“その場”観察が,産総研のYamasaki のグループで行われていた[7–13].
Yamasaki のグループの協力を得て,エッチングプロセス中の表面に形成されるダングリングボンドの観察に取り組み,その観察に相応しい装置を開発した.そのためには,試料作成以後,全て“真空中”で搬送してESR 測定可能な装置を製作する必要があった.
4.3.2 実験
表面のダングリングボンドは化学活性なことから大気曝露により容易に終端されることが考えられる.そのため,大気曝露を避けて測定を行うために,試料作成室とESR 分析室を真空搬送可能とする機構を設けた.実際には,ESR キャビティー内に設置されるガラス容器が小さいことから,処理した試料を真空中で搬送してガラス管内に納めるのは容易ではない.そこでESR キャビティー内のガラス管を水平に保持し,搬送ロッド先端に試料を取り付け,水平に挿入することとした.この真空搬送ESR の実験装置の概略を図4.17 に示す.
図4.17 真空搬送ESR の概略図
試料作成室には混合ガスを質量流量制御器によって分圧制御して導入でき,コンダクタンスバルブによる圧力制御が可能である.ターボ分子ポンプにより排気しており,排圧は10-6 Pa 以下である.口径60mm の平行平板型電極を有し,上下各電極には高周波(13.56MHz)電力が独立に印加できる.電極上に設置された試料表面は分光エリプソメトリ装置(Jobin Yvon 社UVISEL)によって測定でき,プラズマ処理中を“その場”でも観察できるようになっている.
イオン照射の役割を明らかとするために,プラズマ処理とは別にイオン照射を行えるようにフィラメント加熱型のイオン銃(Specs 社IQE 11-35)を有し,0.5 から5keV のエネルギーで加速したイオンを試料表面に照射可能である.ここではアルゴン(Ar)イオンを使用した.Ar は実際のエッチングプロセスの希釈ガスとして使用されることが多く,イオン照射の効果を明らかにするには最適であると考えられる.試料作成されたウェハは大気に曝されることなく搬送機構によってESR 測定が可能である.ESR 測定は,搬送ロッドの先端に取り付けられた短冊状ウェハ試料を内径9mm の石英管内に挿入しておこなわれる.この石英管は真空シールによって搬送室に接続され,かつESR 測定キャビティーの中に設置されている.この方式により大気に曝されることなくESR 測定が可能となっている.
分析室にはオージェ電子分光装置(Physical Electronics 社Phi 10-155A)も有しており,表面元素分析が可能である.
試料作成
使用した試料は,厚さ0.5mm の面方位(111) の高抵抗シリコンウェハである.試料の両面は鏡面研磨されており,ラップ面では実効表面積の増大や研磨ダメージ層からの信号が問題となる.また半導体素子形成で一般的に使用される抵抗率のウェハでは,不純物(リンドナー) からの信号や伝導キャリアによるESR キャビティーのQ 値低減が問題となるため高抵抗率(1k Ω cm 以上)品を使用した.ウェハは熱酸化による酸化膜を形成後,ダイアモンドカッター(Disco 社)で8×70mm2 の短冊形状に切断した.この後,切断面のダメージ層からのESR 信号を低減するため,アルカリ溶液によるシリコンの選択エッチングを施した.使用したアルカリ溶液は,ヒドラジン一水和物またはテトラメチルアンモニウムハイドライド(TMAH)の2.5% 溶液である.これらの薬液はシリコン酸化膜に比べシリコンのエッチングが急速に進むため,切断直後(自然酸化が進む前に)に浸漬処理することで切断面のダメージ層の除去が可能である.室温で5 分程度の浸漬を行った後で純水リンスを行い,窒素ブローにより乾燥した.装置内にウェハを設置する直前に濃フッ酸溶液に浸漬して酸化膜を除去した.ベアシリコン面は破水性表面の露出により確認した.
測定の手順は,まずベアシリコンウェハを平行平板電極上に設置し,その対向電極に高周波電力を印加することでプラズマを生成した.ウェハを設置した電極の電位は接地にしており,Ar 希釈10% c-C4F8 ガスを100sccm 導入し, 10Pa として, 100W のRF パワーを印加することでプラズマを生成し,このプラズマに試料をに曝露することで試料表面にはa-C:F 膜が堆積する.イオン照射の効果を分離して調べるために,プラズマ処理とは別にイオン銃により試料表面にAr イオンを照射した.ESR 測定では比較的広い範囲(10mm)を検出するのに対して照射イオンビームのプロファイルは狭く分布をもつため,試料を動かしてイオンビームをスキャンすることで(30mm 範囲以上を)均一に照射した.
4.3.3 測定条件
ESR 測定はX バンド(9-10 GHz 帯)ESR 装置(Bruker 製ESP300E シリーズ)で行った.測定条件はマイクロ波パワー200mW,変調磁場0.2-0.5mT,変調周波数100kHz,室温下である.マイクロ波パワーは信号が飽和しないことを確認し,S/N 比が高くなる設定とした.キャビティー内の石英管や試料のバルク内の信号からのバックグラウンドのスペクトルを取得しておき,このスペクトルを差し引いて試料のESR スペクトルを得た.
スペクトルは横軸を掃引磁場として吸収線の微分波形で示す.吸収ピーク(エネルギー)位置はマイクロ波周波数と掃引磁場強度に依存するが,マイクロ波周波数は試料や測定条件により変化するため,マイクロ波周波数と掃引磁場の比を求めてg 値で特徴づける.また,吸収ピークの線幅は,微分ピークの最大値と最小値を示す掃引磁場の間隔を求めてピーク間線幅(Δ Hpp)で特徴づける.
同一条件で測定した試料を別に断面透過電子顕微鏡(XTEM)により膜厚と界面形態を測定した.a-C:F 膜などのアモルファス材料の最表面位置を確認するためにXTEM 観察前に表面に金を蒸着して,その後に集束イオンビームをもちいた断面観察用薄片加工を行い,加速エネルギー300keV の電子線で観察した.
4.3.4 a-C:F 膜のダングリングボンド
はじめにa-C:F 膜の観察結果について報告する.結晶シリコンウェハ上にフルオロカーボンプラズマを曝露して表面に20nm のa-C:F 膜を堆積した.この試料は作成後,真空中で搬送されESR 測定をおこなった.その結果得られたESR スペクトルを図4.18 に示す.g 値が2.0030 の位置にピークが検出され,このg 値からカーボン原子のダングリングボンドと同定される.この吸収ピークは極めてブロードで,Δ Hpp は6mT 程度である.これほどの線幅をもつことからカーボンダングリングボンド(C-DB)近傍にフッ素が存在し,フッ素原子核との超微細相互作用による線幅決定機構が支配的であると考えられた.
フッ素原子は核スピンが1/2 で自然存在比が100% で171.6mT という非常に大きな超微細相互作用定数をもっている.そのためC-DB とフッ素原子核の隣接効果によって,C-DB のピーク線幅はブロードニングすると考えられる.オージェ電子分光(AES)法により表面フッ素濃度([F])を測り,Δ Hpp との関係を調べた.[F] の異なる膜を用意するために,ここでは水素希釈CF4 プラズマをもちいた.水素希釈率(x)を変えたフルオロカーボンプラズマ(H2:CF4=x:100 − x, 10Pa, 100W)によってa-C:F 膜を堆積した結果をESR スペクトルを図4.19 に示す.これらの結果から図fig:esr04 に示すように[F]とΔ Hpp の間には相関関係が得られる.この結果から水素希釈率をあげるほど[F] が減少することがわかる.
AES 測定では電子線を表面に照射するので,フッ素が表面から電子刺激脱離することが懸念される.AES の測定結果は,同様の試料でのX 線光電子分光の測定の結果にえられた[F] に較べて低い値となっている.このことから,電子線照射による[F] 減少の影響は否定できないが,測定時の電子線照射量を十分に下げて,測定時間内で[F] に変化が生じないことを確認している.そのため,[F] の相対的な値については妥当であると考えられる.このように[F] とΔ Hpp に相関関係があることから,線幅ブロードニングの主な要因はフッ素原子核との超微細相互作用であり,C-DB 近傍にフッ素の存在が考えられた.
次に表面スピン密度を求め,図4.21 に示すようにXTEM 観察結果から基板の結晶相の上のアモルファス相の厚さを求め,a-C:F 膜厚を測定した.C-DB は膜中に均一に存在すると仮定できるので,表面スピン密度とa-C:F 膜厚からa-C:F 膜のスピン密度が見積もられる.その結果,2~3×1021 spins/cm−3 の値が得られた.
これほどa-C:F 膜のスピン密度が高いならば,双極子-双極子相互作用といった他の線幅決定要因も同時に考えられる.図4.20 から外挿によって[F] が0 になる時の線幅は2mT 程度と見積もられる.これは,構造不均一性による線幅とスピン密度が高いことによって生じる双極子間相互作用による線幅のブロードニングも含まれていることを示していると考えられる.実際に200mW の高いマイクロ波パワーで測定しても信号に飽和が見られないことからも,その可能性が高い.
以上のg 値とΔ Hpp の値は大気搬送してESR 測定した結果と同様であり,他の研究機関から報告されるプラズマ処理で堆積したa-C:F 膜の結果とも矛盾しない.したがって,a-C:F 膜中のC-DB からの信号であり,Δ Hpp は[F] に依存している.しかしながら,大気搬送してESR 測定した結果からは1019~1020 cm−3 といった値が報告されており,成膜条件などの違いを考慮しても今回得られたスピン密度が非常に高いことがわかる.このため,これまでに報告されていた値は大気曝露の影響が考えられた.
4.3.5 ダングリングボンドの大気暴露消失
a-C:F 膜からの信号は真空中に放置中は非常に安定している.Ar 雰囲気中に放置していても安定している.しかしながら,大気曝露すると急激に信号強度が減少した.大気曝露1 時間経った後に再度ESR 測定をおこなった結果を図4.18 に示した.この場合ΔHpp に変化が見られずに4 分の1 程度に減少した.この信号強度の低下は,大気中の酸素や水分子によるa-C:F 膜中のC-DB が終端したのが原因であると考えられる.
そこで純酸素ガスをチャンバー内に導入して,その曝露によるESR 信号の変化過程を観察した.その結果を図4.22 に示す.酸素ガス曝露中を“その場”で観察したため,酸素ガスから生じる多くの鋭いESR 吸収ピークが重なっている.中心に位置するブロードなC-DB の信号は曝露時間の増加にともないg 値やΔ Hpp に変化は見られず減少のみが見られた.最後のスペクトルは導入した酸素ガスを再度排気し高真空下で測定した結果である.酸素ガスによるピークは見られなくなるが,C-DB の信号に変化は見られず,強度にも回復は見られなかった.このことはキャビティーに酸素ガスを導入したことによって測定上の理由からピーク減少が生じたのではなく,酸素ガスの曝露によりC-DB が終端されたことを示している.このC-DB の終端過程の詳細に検討するために,酸素ガス曝露量に対してC-DB 信号強度をプロットした結果を図4.23 に示す.曝露直後に急速に減少する成分と,その後に徐々に減少していく成分の少なくとも二つが存在する.最終的に過度の酸素曝露に対しても10% 程度のダングリングボンドは残存する.これらのことは,表面のみならず膜中に存在するC-DB の消失の可能性を示すものである.曝露の初期段階で半分程度にまで減少することから,もし表面のC-DB のみが消失したとすれば,表面には前述のスピン密度よりもさらに高いスピン密度で存在することとなる.しかし,a-C:F膜中のC-DB の信号強度はフルオロカーボンプラズマに曝露して堆積した時間の増加に比例して増加する.堆積速度や膜質にも変化がないため,a-C:F 膜中にC-DB は均一に分布していると考えられる.実際に堆積時間を増加してもC-DB の信号のg 値やΔ Hpp には変化が見られない.したがって酸素ガス曝露により,これほどの減少が見られたことは表面のみならず膜中のC-DB の減少を考慮しなければならず,酸素ガス分子がa-C:F 膜中へ浸透してa-C:F 膜中のC-DB を終端していると考えられた.
また,初期膜厚を変えた結果,減少率に大きな変化が見られなかった.これは酸素ガスは膜中に十分浸透し,ダングリングボンドの終端反応が律速していることが考えられた.酸素ガスの曝露量が表面のダングリングボンドの終端を考えるには余りにも大きなものであることからも,その可能性が考えられる.この場合,消滅するダングリングボンドには終端されやすいものと終端されにくいものがあることになる.このような機構が働くかはまだ明らかとはなっていないが,膜中のC-DB が消失したことは明らかである.このように大気曝露によるダングリングボンドの終端効果は,通常のESR 観察では残存した僅かのダングリングボンドによる信号しか検出できないことを意味している.したがって,表面に存在する反応活性で大気曝露の影響を受けやすいダングリングボンドの観察においては真空搬送ESR が必須であることが明らかとなった.
Si 基板へのイオン照射
Si 基板へのAr イオン照射のESR スペクトルのAr 照射時間依存性を図4.24 に示す.g 値とΔ Hpp は照射時間に依存せず2.0055 とおよそ1mT と一定である.これらの値はa-Si 中のSi-DB の値と一致し,結晶基板がアモルファス化されたことを示している.ピーク面積強度のAr イオン照射時間依存性を図4.25 に示す.低照射時間では照射時間に比例して増加が見られ,高照射時間では飽和して一定となる.これは,Ar イオン照射によって結晶Si 中のアモルファス化とSi-DB の形成が低照射時には照射時間の増大に比例して増大し,アモルファス化領域の拡大を意味するが,臨界値をもって既にアモルファス化した領域での新たなSi-DB 生成が生じないことを示していると考えられる.このような照射時間依存性は高エネルギー(数10keV 以上)のイオン注入の観察結果にも見られている.そして,照射ドーズ依存性は現象論的モデルが提唱されており,規格化したダングリングボンド数(Ns)はNs = 1− exp(−AF)で与えられる.ここで,A は定数,F は入射イオンドーズである.図4.25 の実験結果に上式でフィッティングした結果を点線で示している.(臨界値はエネルギーと入射イオン種の関数となるはずであるが,その議論は省く.)この結果は,Ar イオン照射時間に伴いESR 吸収ピーク面積が増大することを予想する.しかしながら実験結果ではスピン面積強度はa-C:F 膜がエッチングされた後でも一定もしくは減少することが見られている.
このピーク面積強度の増加が見られない原因は,a-C:F 膜中のフッ素が選択的に脱離してもC-DB 密度の高いa-C 的な膜が残存することや下地基板の損傷から生じるスピン密度が比較的少ないことなどが考えられ.
Si 基板上のa-C:F 膜へのイオン照射
a-C:F 膜へイオンが照射された時のダングリングボンドの形成と消失を調べるために結晶Si 上に20nm 程度のa-C:F 膜を堆積し,そのa-C:F 膜へ5keV のAr イオンの照射を行い,その過程をESR 測定により観察した.イオン照射とESR 測定は繰り返して行い,そのスペクトル変化を観察した.イオン照射過程のa-C:F 膜からのESR スペクトルを図4.26 に示す.(A) はイオン照射前のもので,それ以外はAr イオン照射時間が(B) では2分,(C) では30 分,(D) では7 時間である.同一試料の断面透過電子顕微鏡(XTEM)により膜厚と界面形態の測定を行い,その観察結果を図に示す.ESR とXTEM の観察から得られた結果を表にまとめた.またESR スペクトルのパラメータのAr イオン照射時間依存性を図に示す.それぞれ(a) はg 値で,(b) はΔ Hpp で,(c) は信号強度である.
はじめに照射時間が(C) の0.5h までの結果について説明する.この照射時間領域では,次の結果が得られている.
• g 値は2.003 で一定である.
• 照射時間の増加に伴ともないΔ Hpp は減少する.
• (A) と(B) の膜厚を比較して,a-C:F 膜のエッチング速度は3-4 nm/min 程度である.
堆積直後のa-C:F 膜ではg 値は2.003 でΔ Hpp は6mT 程度である.このa-C:F 膜にAr イオンを照射した場合,照射時間が30 分まではg 値は2.003 とほぼ一定であるが,照射時間の増大に対してΔ Hpp は単調に減少した.Δ Hpp と[F] には相関関係が得られていることから,(A) から(C) にかけてのΔ Hpp の減少はイオン照射によるa-C:F 膜からのフッ素の選択的な脱離を示していると考えられる.C-DB は膜中に均一に分布していると仮定されるので,ピーク面積強度はa-C:F 膜厚に対応する.ピーク面積強度は,イオン照射時間が短い間(0.2h まで)に早く減少する.この照射時間領域では, [F] が高いことが示されているので,[F] が高い時ほどa-C:F 膜のエッチング速度が早いことを示していると考えられる.このことは,フッ素の存在によるa-C:F 膜のエッチング速度の増大と極めて高いスピン密度をもつことが,エッチング反応を促進していると考えられた.この結果,表面にはフッ素含有の低いa-C:F 膜が残存している.
次に照射時間が0.5h 以降の結果について説明する.この照射時間領域では,次の結果が得られている.
• g 値が2.003 から2.005 へ徐々に変化する
• Δ Hpp はほぼ1mT で一定である.
• アモルファス層と結晶シリコンの界面の形態は,(A) と(B) の方が(C) と(D) よりも平坦である.長時間照射された(C) と(D) ではa-C:F 膜がエッチングされ,下地Si 基板が損傷を受けたことを示している.
• 下地Si 基板が損傷を受けた後のアモルファス相の厚さが(C) よりも(D) の方が厚い.長時間照射の(D) ではアモルファス相が拡大したことを示している.
表面にはアモルファスカーボン(a-C)的な膜が残存した後に,さらにAr イオン照射を続けていった照射時間が30 分以後には,g 値は2.003 から2.005 に向かって徐々に変化する.この2.005 というg 値への変化はSi のダングリングボンド(Si-DB)のg 値である2.0055 へ変化を示していると考えられる. (C) と(D) のXTEM 観察で界面凹凸が見られることや,(C) から(D) にかけてアモルファス領域が厚くなることから,下地基板に損傷が形成されたことがわかるが,その結果Si-DB が出現したと考えられる.したがって,a-C:F 膜へのイオン照射はa-C:F 膜をエッチングして,その後下地基板に損傷を形成することがわかる.下地基板への損傷アモルファス領域の形成を分離して考察するために,結晶Si 基板へのAr イオン照射をおこない,Si-DB の形成過程を調べた.
XTEM 観察した各アモルファス層の厚さとESR 観察したスピン量からスピン密度を計算した.その結果,CF 膜では2 - 3×1021 cm−3,基板Si 層のアモルファス領域では5×1020 cm−3 と見積もられた.(表)Ar 照射によってアモルファス化したSi(a-Si)層よりもa-C:F 膜のスピン密度が1 桁程度高い.a-Si 領域のスピン密度については,はじめに他の研究機関からの報告と比較した.
電子線蒸着によるアモルファスシリコン(a-Si)薄膜では2×1020 cm−3 という報告がある.また,数10-数100keV での希ガスイオン注入により形成される結晶中損傷アモルファスシリコン層でも近い値が見積もられている.アモルファスシリコンカーバイド(a-SiC)薄膜では1019-1021 cm−3 の範囲で値が報告されており,C の組成比が大きいとスピン密度が大きい傾向であるとの報告もある.a-Si 薄膜の大気曝露の影響について調べた報告では,数日間の放置で信号強度は10% 程度しか減少しないと示されている.このことは,a-Si 層が大気暴露に対して比較的影響が少ないことを示している.そのため,下地基板の損傷が見られる(C) と(D) の試料のスピン密度がこれまでに報告される値に近いと考えられる.照射時間が(C) から(D) にかけてg 値が徐々に変化することはSi-DB とC-DB が空間的に分離して存在し二つのピークが重なった可能性がある.しかしながらg 値が2.003 と2.0055 のピーク位置はお互いが0.4mT ほど離れることとなり,線幅が1mT 程度の信号では二つのピークは分離可能である.(これはスペクトルシュミレーションによって二つのピークが分離観察可能であることを確認した.)一方,a-SiC のようにSi とC が混在する場合には化学量論的なSi の含有率に依存してg 値が2.003 から2.0055 にシフトする.a-SiC 薄膜の化学量論的な組成を変化させた場合,g 値はC の含有率に対して敏感であることも報告されている.C 含有率が1% 程度であってもg 値のシフトが見られ,値は2.0050 にまでなる.したがって,a-SiC 的な損傷層が形成されていることが示唆された.
4.3.6 SiO2 エッチング中の結果
平行平板のエッチング装置のRF 印加電極側に100 nm SiO2 膜をもったSi 短冊ウェハを設置した.Si 短冊ウェハは高抵抗両面研磨の0.5mm 厚のSi(100) 基板で,熱酸化により100nm のSiO2 膜を形成してある.ダイアモンドダイサーで3 x 70 mm2 の大きさに切り出し,側壁のダメージを除去するためにヒドラジン溶液処理してある.SiO2 の厚さは分光エリプソで測定した.(Jobin Yvon UVISEL) Ar 希釈のc-C4F8) ガスをチャンバーに導入し,13.56 MHz のRF を100W 印加した.ガスの流量はc-C4F8 とAr がそれぞれ10 と90 sccm として,圧力は10 Pa である.自己バイアス電圧は−500 V であり,SiO2 のエッチング速度は∼0.5 nm/s である.この速度は,SiO2 にして1 × 1015 molec.cm−2 s−1 のフラックスとなる.
ESR 測定は,X バンドでTE102 のキャビティーで測定した.(BRUKER ESP300E)測定パワーは2 mW,変調磁場0.2 mT,100 kHz としている.測定は室温で行い,ガラス管やシリコン基板からのバックグランド信号を差し引いたスペクトルを示す.
エッチングをして,SiO2 が残った状態でESR 測定をした.図4.27 にはその時のESRスペクトルを示す.二つの信号が重なっており,一つはg 値が2.0030 に位置するa-C:F膜中のC-DB と,もう一つはg 値が2.0003 に位置するSiO2 膜中のSi-DB である.このようにエッチング中にESR 信号が観察され,a-C:F 膜が堆積する下に位置するSiO2 に欠陥が生成していることが判る.スピン密度はSi-DB で2 × 1013 cm−2 であり,C-DBで1.6 × 1014 cm−2 と見積もられた.ここで,C-DB の信号の半値幅は1.8mT である.この半値幅はa-C:F 膜をカソード電極で堆積した時に見られた6.0mT に比べ狭く,F が少ない10% 以下のa-C:F 膜に見られた値に近い.実際,この表面のF 量は少ないのでF量を反映した半値幅となる.
引き続きエッチングを行い,ESR 測定とエッチングを繰り返して,完全にSiO2 がエッチングされるまで繰り替えした.ESR 測定で見られたC-DB 量とSi-DB 量の変化を図4.28 に示す.C-DB の値はほぼ一定であった.一方,Si-DB の信号は30nm 程度まで一定の値を示しているが,それ以下で強度減少が見られ,SiO2 が完全にエッチングされると信号はみられなくなった.
この結果は,Si-DB がa-C:F 膜の直下の表面近傍に局在していることを示唆している.また,Si が露出するとSi とC の信号が混在したままになっている.
また,Si 基板に同様のエッチング条件でエッチングを行った場合にはg 値が2.0055 のSi-DB に由来する信号の生成は見られていない.この理由として,Si 基板のSi-DB はフッ素と反応してSi-F の化学結合を形成し易いからと考えられる.また,Si 基板ではa-C:F 膜の堆積が早いので,下地のダメージ形成を防いでいる.
SiO2 中の欠陥生成についてイオン照射の影響を除くために,ウェハを接地電極側に設置した場合についても調べた.このことによって,同一のプラズマに曝されるが,イオン照射のエネルギーは数10V 以下になっている.もし,膜全体にSi-DB が形成されていればSi-DB 量は膜厚に比例することが考えられる.そこで,異なる膜厚の試料を作製して,同一のプラズマに曝す実験を行った.異なる膜厚の試料は,熱酸化した一枚のウェハから切り出して,希フッ酸のエッチングにより作製した.そのため,SiO2 の膜は同一である.
同一のプラズマ生成条件で,カソード設置したSiO2 膜に60s 間プラズマ暴露した.この時,高エネルギーのイオン照射がないことからSiO2 膜はエッチングされず,表面にa-C:F 膜が20nm 堆積する.ESR 信号はC-DB の6mT の半値幅の信号が見られ,併せてSi-DB の信号が重畳する.図4.29 に示すように初期膜厚を変えた場合に,Si-DB の信号は10nm 以下の膜厚で膜厚に比例した.それ以上では一定となり,スピン密度は2×1013cm−2 と見積もられた.この結果から,プラズマに暴露するだけでSi-DB の生成が見られ,表面近傍の深さ10nm 以内に局在する.
この結果,ESR 測定で見られたSi-DB 信号の生成はプラズマ暴露が主要因と考えられる.実際のプラズマでは真空紫外域に発光がみられる.Ar からの発光が11.6 と11.8eV, F から13.0 eV, C から10.4 eV がある.フォトンフラックスは,別のプラズマであるが1016 photons cm−2 s−1 の報告がある.本実験の発光はこれほどまでに多くはないが,真空紫外域のSiO2 の吸収が興味深い.SiO2 の真空紫外域の吸収係数は106 cm−1と報告されている.この吸収はSiO2 のバンドギャップエネルギー(8.8eV)より大きいバンド間遷移の吸収で,吸収強度から10nm 領域に吸収が起こると考えられる.このことから,真空紫外域の発光がSiO2 中のSi-DB を生成した.
a-C:F 膜にはC-DB が1021 cm−3 台で存在し,酸素と反応活性であることを示した.エッチングプロセス中に欠陥生成したSiO2 とa-C:F 膜が反応し,そこの反応層にイオンが照射することでSiO2 のエッチング反応が進行する.
Ar 希釈フルオロカーボンプラズマによるSiO2 膜中のSi-DB の形成を真空搬送ESRで測定した.SiO2 中のSi-DB であるE センタの生成が表面近傍深さ10nm に見られた.この生成の主要因は真空紫外域のプラズマ発光照射が原因と考えられる.この実験結果からa-C:F 膜との反応が欠陥生成したSiO2 で促進する.
4.3.7 まとめ
エッチング処理後にESR 測定を行い,表面のダングリングボンドを観察した.これまでSi 基板上でのみ検出されていたa-C:F 膜中のC 中心の信号をがSiO2 薄膜表面上でも検出されることを見いだした.このSiO2 上のC 中心数が気相中のCF ラジカル密度を増加させるCF 系ガス流量と関係していることがわかった.また,この数がエッチング速度と比例することも分かっており,エッチング反応と深い関係があることがわかった.C 中心信号の線幅はF の核スピンとの相互作用で大きく変わることが分かっており,検出される信号の線幅が狭いことからエッチングCF 膜にはC の濃度が高い領域が存在していることが示唆された.角度分解XPS によりC の濃度が高い領域は表面側に存在することを見いだした.
Si 上のa-C:F 膜を熱処理することでF を脱離させ,線幅変化の挙動を測定した結果,イオン照射されている試料ではF 脱離後の線幅がやや広めの結果を得た.断面TEM 観察で基板Si との界面に損傷層が検出されることから,アモルファスSi のダングリングボンドなどの信号も混在することが示唆された.今後,試料の大気暴露の影響を除くために,エッチング装置とESR 装置の間に真空搬送機構を有するシステムを用いて研究を進めていく予定である.
真空搬送電子スピン共鳴分光法をエッチングプロセスに関与するダングリングボンドの形成と消失の観察に適用した.その結果,a-C:F 膜C-DB 信号の大気曝露による信号消失を見いだし,真空搬送の必然性が確認された.また,イオン照射によるダングリングボンド形成プロセスを観察し,フッ素の選択脱離や基板のアモルファス層形成が明らかとなった.