Book05

6.2 表面計測法

6.2.1 プラズマ技術に適した表面計測法

 プラズマから入射するイオン,ラジカル,電子,光子などの粒子と表面との相互作用によって特に表面最近傍(サブサーフェース)で生じる化学反応はデポジションやエッチングといったプラズマプロセスの根幹である.いずれのプロセスにせよ,表面の状態が化学反応によって変化しているため,この表面反応の理解・制御が望まれており,そのためにも表面計測法の発展に多大な努力が惜しみなく注ぎ込まれている.

 表面計測法といえば百花繚乱ともいえるが,プラズマ技術で重要となるものにはプラズマに擾乱を与えない“その場”の観察法である.さらに刻一刻と変化する状況であるから実時間で対象の変化を捉まえる計測手法であることが望ましい.(図6.2.1)この目的の実現性から「光」を使った光学計測手法が適しており,赤外分光法や偏光解析(エリプソメトリ)法といった方法が挙げられるので,ここで解説する.

 様々な表面計測法において,その対象によって大別すれば,形態(表面凹凸など),元素(不純物),状態(化学結合状態),欠陥(状態のうちマイナーであるが影響の大きいもの)となるだろう.形態や元素の分析には通常電子顕微鏡や質量分析法など超高真空を必要とする方法が多用されている.しかしながら,プラズマ技術は,超高真空というよりはむしろ放電されるガスの存在があり低真空であることが多い.そのため,真空を必要としない光計測の威力が発揮される.光計測であれば,プラズマにも表面にも非破壊・非接触な観察・評価手段であって,正に実時間“その場”の手法となり得ることから,光学的な分光法が活用される.

6.2.2. 物質の光学応答~誘電関数

 分光技術では分子といった化学結合をもち,さらには凝集した固体や液体状態の物質を対象として,電子,振動,並進,回転,電子スピン,核スピンなどに係わる量子的な状態について,それらのエネルギーの違いを光の波長,つまりエネルギーの違う電磁場との相互作用を使って調べることである.電磁場の振動数に応じて,紫外光(250~400nm)や可視光領域(400~800nm)では電子エネルギーにして1.0~5.0eVであり,物質を構成する電子を直接励振するため,固体のバンドギャップや物質中の電子密度を反映した応答がみられる.また,近赤外光(800~3000nm)や中赤外光領域(3~25μm)では物質の振動や回転を励起する,いわば化学結合の状態を反映した応答がみられる.裏返せば,何を対象とするかによって計測で使われる最適な波長が存在する.

 それでは,これら物質の光学応答は,どうなっているのかといえば,基本的にマックスウェル(Maxwell)の方程式.∇×H=J+D(・),∇×E=-B(・),∇・D=ρ,∇・B=0 それだけである.物質中では電束密度Dは物質の分極Pを加味した形( )に補正され,電場Eの比例定数として物質の誘電率 が導入される.また,磁束密度Bは磁場Hに対して物質の透磁率 ,電流密度Jは電場Eに対して物質の導電率 が導入される.これらはそれぞれ複素数の形で示される.ここで重要な値は複素誘電率 であり,屈折率n,消衰係数kとも (虚部の符号は定義により,iは虚数単位)の関係をもつ.要は,表面の状態,物質の状態を光計測によって知りたい場合には,波長依存をもつ複素誘電率,すなわち複素誘電関数を調べることと言える.

 では,この誘電率の波長分散について考えていくことにする.もし電磁場の強さが十分小さければ,この値は前述の定義通りに電場強さに比例する.つまり,電場に対する応答の比例定数であり,この起源は物質が正の電荷をもつ原子核と負の電荷をもつ電子とから構成されていることに由来する.いわば,物質は電磁場下で何かしらの分極を生じることを示している.単純に,ここでは応答は外部刺激に対して線形であると取り扱える.例えば,原子同士の化学結合を取り上げても,この原子の運動はあたかもバネで繋がれたように変位に比例した復元力が働いている振る舞いとして記述できる.このようなモデル化を減衰調和振動子近似と呼び,質点の運動方程式 の類推で考えることができる.ここでmは質量,γは抵抗力,kはバネ定数,Fが外力である.全く同じ考え方は電気的なキャパシターの で与えられる方程式でも同様である.ここで,Lはインダクタンス,Rは抵抗,Cはキャパシタンス,qは電荷,Vが外部から与えられる電圧である.この方程式を満たす解は共鳴もしくは共振といった振動数をもつ減衰振動子の応答にほかならない.また,線形性をもつことから重ね合わせが可能であり,全体を取り扱う場合には複数(j個)の振動子の総和として表すこともできる.それでは,分極に関して適切なパラメータを用いて全分極Pについて示せば,
 
と示される.ここで, は共鳴振動数, は減衰振動数,nは振動子密度,eは素電荷である.この外部電場Fに対する分極Pの比例定数となる部分は複素誘電関数にほかならない.この関数は,振動数ωに対して共鳴振動数で,吸収を表す虚部の絶対値が最大を示すローレンツ型形状(Lorentzian)を示す.(図6.2.2(a))

 次に,自由電子のようなフリーキャリアを考えてみよう.この場合,変位に対して復元力は働かないので共鳴振動数がゼロ( )で最大となる吸収とみなすと良い近似ができる.これはドゥルーデ(Drude)モデルと呼ばれ,金属的な振る舞いを記述する.

 さらに光学的なバンドギャップをもつ(半導体や絶縁体の)固体物質では,そのバンドギャップ以下となる波長の光にとって吸収のない透明な物質として(k=0と仮定できる)振る舞う.つまり,あまり波長(λ)分散がないために,その弱い変化を多項式で近似した形がとられ,コーシー(Cauchy)モデルでは屈折率nを とする形がもちいられる,ここでA,B,Cはパラメータである.

 一方,バンドギャップと一致する波長以下では光学遷移による吸収が支配的になる.この吸収端を光学バンドギャップ(タウツ(Tauc)ギャップと呼ぶ)Egとしても,吸収は状態密度に依存する.この状態密度はエネルギーの二乗に増加すると近似されるから,吸収に係わる誘電率も という関係で近似される.(結晶構造に由来する複雑な構造を無視して特に)アモルファス半導体では,この特性に基づいて実効的な吸収ピーク位置Enをもつ吸収を結びつけた形で表す.(図6.2.2(b))これはTauc-Lorentzモデルなどと呼ばれ,実際の誘電関数をよく再現できることが知られている.

 ここであえて述べると,基本的に古典的に減衰振動子モデルで示したローレンツ振動子の記述をおこなった吸収が,任意の統計関数をもって分布していると考えているだけである.プラズマ中の分子の輝線でも,自然拡がりやドップラー拡がりを重ね合わせた結果,ローレンツ型がガウス型に畳み込まれたフォークト(Voigt)関数などで表されるのと同等である.(図6.2.2(c))つまり,このようにバンド間遷移での状態密度やアモルファス物質での構造分布など,統計拡がりが支配的になり,その吸収線形はローレンツ線形の任意の統計分布関数で畳み込み積分の形で表されたにすぎない.吸収についてのみ着目していても,いま我々はここで線形の応答を考えているため,因果律の要請から複素誘電関数について知ることができる.つまり,実部と虚部は独立で決まらない.いずれか片方でも波長域に渡って全てが既知であれば,もう一方が決められることが示せる.このことはクラマース・クロニッヒ(Kramers-Kronig)の関係式と知られ,複素誘電関数の実部と虚部の間にもこれが成り立つ.要は,吸収がわかれば位相変化がわかることに対応し,またいずれも独立には決まらないことを示している.

6.2.3. 反射と透過

 物質の光学応答を測る(分光する)ためには,表面や界面の存在によって電磁場の反射や透過,屈折や散乱について知っておかなければならない.まず複素誘電関数が既知であったとすれば,それを元に反射と透過はフレネル(Fresnel)の式で求められる.その考え方は,半無限媒質(無限遠から電磁波が届くと仮定)である大気(屈折率 )から半無限媒質の基板( )に電磁場が入射角度( )をもって入射する場合には,反射率Rと透過率Tは

で与えられる.ここで,rとtは位相も含めた複素振幅反射率と複素振幅透過率であり,*は複素共役を表す.電磁波は伝搬方向に垂直な面内で振動する横波と考えるので,その面内での方向性のある振動をしている.そのため,振幅反射率rは入射面に対して平行(p偏光)か垂直(s偏光)について別々に表される.そして,この面内を直交座標で表した時のxとy成分の振動の位相差,つまり振動の偏りは,偏光状態を表すこととなる.また,表面に対して斜入射される場合の屈折角(θ2)はスネル(Snell)の法則によって決まっており,各媒質の屈折率から透過する際に屈折により光の進む方向が示される.そのため, の項は, と の置き換えが可能である.ここで,ηは光学アドミッタンスと呼ばれる.

 この関係からも分かるように,媒質の屈折率が高いものから低いものに入射した場合には,媒質2での屈折角 は90°を超えることはないので,全反射を生じることになる.すなわち,臨界角 を超えた入射光は全て反射する.さらに,p偏光での反射率Rpが(吸収を考えると極小値であるが)ゼロになる角度が存在し,ブリュースター(Brewster)角 と呼ばれる.余談ではあるが,このため外部反射で計測する偏光解析などでは,この 付近を入射角とすることが望ましい.

 実際には半無限媒質で取り扱いができる場合は限られている.表面の変化を対象としたいので膜なり変性層としったものの積層構造としてモデル化される.つまり膜でなくても物質内部の光学的な変化を積層膜の構造で近似する.各層の境界面で前述の通り,反射と透過を考えると境界面での多重反射を加味する必要が生じることがわかる.一つの層に着目して上下の境界面で反射する光は,膜厚と屈折率に応じて位相がずれることとなる.これを便宜上,実膜厚dではなく光学位相膜厚 を導入して,各境界面を進む際の位相遅れとして取り扱う.もしωで振動する電磁場に対する応答として考えれば,膜厚方向に対して正に進行する波(位相が+δずれる)と負に進行する波(位相が-δずれる)が足し合わされた形とみなせる.したがって,実膜厚d進んだ境界面での電界と磁界は,

の関係にあると表される.ηは前述の通り光学アドミッタンスであり,この関係を伝達マトリクス(特性行列,2×2の行列)の形にして行列で書き表せば,

となる.そして,各層がこの形で表された場合には,多層膜の全体では,この特性行列の積の形で表せばよい.すなわち,基板mの上の多層膜部分をBとCとするパラメータを使って表せば,多層膜近似での反射率と透過率は

で与えられる.ここで, であり,行列表示はコンピュータ計算する時に便利である.

 計算ではいわば波長分解能は無限大である.しかしながら,波長に較べ層の厚さが十分厚くなると,計算で見られるような干渉(フリンジ)は十分な波長分解能がないと観測されない.このような場合はインコヒーレント(可干渉性のない)状態として考えた方が適しており,透過率や反射率を光線光学的に電磁場のエネルギーが伝搬していくと見なした方が良い.エネルギー輸送はポインティングベクトル(Poynting vector)E×Hであり,電場強度が1/eになる距離を吸収係数 として考えられる.そして入射光強度I0は距離(厚さ)dに対して指数関数的な減衰でのみ扱える.さらに吸収体の濃度cにも比例することを含めてランバート・ベール(Lambert-Beer)則として, (慣例で10底とすることが多い)だけを考慮することができる.

6.2.4. 偏光解析

 前述の通り,電磁波は伝搬方向に垂直な面内で振動する横波と考えるので,その面内を直交座標で表した時のxとy成分の振動の位相差(ψx-ψy)を偏光状態と表す.であるから,この位相差が2π整数倍の時を直線偏光,位相差がπ/2であれば円偏光であり,この符号により右旋回,左旋回となる.(図6.2.4)それ以外の時には楕円偏光と呼ばれる.すなわち,x-y平面での強度aと位相ψは

となっており,これをベクトルの形で表すのが便利であり,Jをジョーンズ(Jones)ベクトルと呼ぶ.しかしながら,これだけでは無偏光状態の場合を記述できないため,一般的にはストークス(Stokes)パラメータ,

などを使って表す.ここで,S0は光強度を表し,S1はx方向の直線偏光成分,S2はx方向から45°の方向の直線偏光成分,S3は右回りの円偏光成分を表す.これらと直交する成分や左回りの成分は符号が負で表される.このストークスパラメータを元にミューラー(Mueller)行列により偏光状態の解析を行う.

 偏光解析の原理は,試料に入射する光の偏光状態,位相差を45°である.光が試料によって反射した場合には,光の振幅と位相は大きく変化するので,このことを ,といったp偏光の振幅反射率とs偏光のものとの比率で定義される.つまり である.つまり偏光による振幅比ψと位相差Δを表す.吸収が大きいほどΔの変化が大きく,屈折率の変化が大きい時にはψの変化として表れる.ともかく,測定によってψとΔが得られたとすれば,複素誘電率と厚さなどを仮定した光学モデルを立てて反復計算によるパラメータフィッティングをおこなう.これはコンピュータ計算の力を借りるので,これまで述べてきたようにやや分かり難くなる行列での表示にメリットがある点である.計算資源の手に入れやすさや優れたソフトウェア技術により,その辺は意識せず測定器に組み込まれたソフトを使うだけで所望の結果は得られるかも知れないが,原理については大切にしたい.

 結局,光学計測手法は光学モデル化に依存することが少なくない.質量分析での質量といったような直接的な回答を得るわけではなく,ここでは省略しているが表面凹凸の考慮などもモデル化し組み込んでいけば,解析している誘電分散の情報は,あくまでもモデル化を通してのものである.そのため,他の分析手法との組み合わせ,如何に特徴を捉まえて信憑性のあるデータを得ているのか,など経験と習熟が必要になるかも知れないので専門家に相談することを勧める.

6.2.5 フーリエ変換と波長分散

 次に測定技術や装置について述べる.現実に分光する方法には,時間的に各波長を異なる変調周波数で変調して検出するフーリエ変換法と,空間的に複数の検出器を並べて波長分散により各波長を異なる検出器で検出するマルチチャネル法とがある.(図6.2.5)一般に赤外領域の測定では熱雑音が大きく,それが計測を困難にしているためフーリエ変換法が適している.理由は後述する.可視や紫外領域での測定ではむしろ量子雑音が支配的となるのでフーリエ変換法は不向きである.これらのデメリットを打ち消すためには,選択的に信号を検出する,例えばロックイン検出を使えば,変調周波数と同じ変化をもって発する信号のみを検出し,他の周波数からのノイズをカットできるので信号雑音比(S/N)が高くできる.

 信号取得を行う場合に,雑音の存在の考慮が欠かせない.雑音といっているが自然現象には揺らぎが存在して,この揺らぎそのものは信号とも考えられる.信号の起源を考えれば因果律の要請があり,過去の信号に依存する.このことは,つまり自己相関をもつ周期的な現象として考えてよく,フーリエ変換による周波数解析が威力を発揮する.前述の熱雑音は周波数域で白色雑音特徴をもっているので,時間領域で干渉稿を測定するメリットが高い.それでも,揺らぎが大きくなり,いわば離散的な振る舞いが支配的になれば,系の非線形性は臨界に達しカオス状態となる唯一の信号を与えるとは考え難い状態になるのであるが,そこまでいかなくとも本質的に信号検出とは確率的(Stochastic)なものである.その立場に則れば,信号検出において統計的なアンサンブル(Ensemble統計平均のこと)は時間平均でも不変であることを期待していて,このことはエルゴード性とも言う.このことは,自己相関が全くランダムである白色雑音であれば時間平均では期待値はゼロに漸近し,測定の回数を重ねていけば,統計分布が真の値に近づいていくことになる.一方,可視領域などでは熱雑音よりむしろ量子雑音が問題になる.量子雑音は希に起こる事象でありその統計はポアソン分布に従うことが多い.そのため非常に微弱な光を検出する時などに顕著である離散的に検出されるから干渉稿を取得する場合に受けたノイズは,周波数域のパワースペクトル上に表れてしまう.別な言い方をすると,乗法的な雑音には弱く加法的な雑音に強い空間分散の手法を選ぶ.そのため,赤外分光ではフーリエ変換型を使った方が良いS/Nが得られ,可視・紫外分光などでは分散型を使うことが常套化している.また,ロックイン検出法ともいえるエリプソメトリの実際を説明する.

6.2.6 FTIR(一般的FT-IR法、偏光変調赤外反射分光法)

 フーリエ変換法では,主に二光束干渉を使ったマイケルソン(Michelson)干渉計が使われる.半透鏡(ビームスプリッター)に一枚の固定鏡と一枚の移動鏡で構成され,二つの光束が合成されることで干渉稿(インターフェログラム)をつくる.この信号は移動鏡によってつくられる光路差xに応じて変化する強度と,光源のスペクトルBはフーリエ変換の

の関係になっている.したがって,移動鏡の位置xを走査して得られるインターフェログラムを測定すればよい.実際のところ,光源,検出器,半透鏡などの透過・反射材料の光学特性によって観測できる波数νが決まる.また,検出器の時間応答性が測定の時間分解能を決める.よく重水素置換した硫酸3グリシン(DTGS)や水銀カドニウムテルル(MCT)が検出器として使われる.TGSは焦電型であり光が照射されることで抵抗値が変わるフォトコンダクタンス型のである.検出面が赤外光照射で結晶の分極率が変化することを利用しているため応答速度が比較的低い.一方,MCTは半導体検知型で液体窒素温度にまで冷却して半導体のバンドギャップ間の励起による光起電力を検知するフォトボルタイック型であるため応答速度が早い.その代わりに低い波数域(バンドギャップ以下)は検出できない.実時間観測をしたい場合には移動鏡の移動速度とS/Nの良し悪しに依存する.高速なスキャンモードを使ってもミリ秒のレベルでインターフェログラムの測定が可能である. それ以上になると,繰り返しの時間分解測定であれば,移動鏡をステップに動かしていき各光路長での値を取得してから,データ処理上一つのインターフェログラムを再構成する方法が利用できる.この方法であれば,検出器のデータ処理速度に依存するので,ナノ秒レベル以下の変化を観察することができる.

 プラズマプロセスが行われる真空チャンバー内に設置されたサンプル表面を観察するには,外部光学系を製作し,光源としての市販分光器と検出器をチャンバー側のポートに取りつけることが多い.窓材には,フッ化バリウム(BaF2)や臭化カリウム(KBr)などが使われる.窓材がプラズマとの相互作用によって堆積膜ができたりすると,窓での変化を検出することになるため,パージしたりシャッターを設けて,なるべくプラズマの影響を受けないようにすること工夫が必要になることが多い.

 多くの場合,プラズマプロセス中の表面観察では外部反射法がもちいられる.ただし,一回の外部反射では感度が得られないこともあり,高感度化手法が使われる.一つ目は,金属基板を使うことである.例えば抵抗率の低くないシリコン基板は赤外光をよく透過する材料である.そのため,入射した光の大半は裏面から抜けてしまい,検出器に到達しない.もしくは,裏面ステージなどでも反射したりして参照するスペクトルが複雑になることがある.一方,赤外線領域で高い反射率をもつ金を下地に敷いて,その表面上や膜を用意して計測すると,入射面に電場垂直(p偏光)では表面反射時の電場増強効果により高感度が期待できる.金表面上では入射面に電場平行(s偏光)では表面反射での位相反転による実効的な電場は相殺され逆に感度は得られない.ただし,金(高反射面)上の薄膜ではs偏光の光は表面反射と膜中を透過する成分があるため信号が得られないわけではない.また,膜に吸収が存在する場合には,その誘電分散のため信号強度が高くなる場合もある.ここで注意すべきことは,反射率だけを考えれば,s偏光の反射強度の方が高いが,表面からの信号に対する感度はp偏光の方が圧倒的に大きいことである.

 p偏光の分析では表面反射において表面法線方向への電場振幅を含んでいる.このことは,透過測定やs偏光測定では観測されない表面法線方向のモードを検出することができる.すなわち,縦光学(LO)モードの検出がなされ,ベレマン(Berreman)効果と呼ばれる.

 このように入射面に偏光された方向により試料表面の検出信号は大きく変わる.一方,チャンバー内の試料表面の測定を考えると,表面に到達するまでと反射してから光はプラズマ中やプロセスガスで満たされた空間を透過することになる.このことは,ガスの分子の吸収スペクトルも取得できることを意味している.しかしながら,多くの場合信号強度の弱い表面からの信号を検出する場合には邪魔になることがある.したがって,ガス由来の信号は除去したいと考えることが多い.そのために,よくもちいられる方法に位相変調がある.その中でも,偏光変調は有効である.光弾性変調器(Photoelastic modulator)通称PEMという素子があり,石英などの等方性結晶材料に数kHzの圧電場を掛けることによって弾性波を発生させることで異方性を生じさせる.事前に偏光子によって直線偏光の光にしておき,このPEMによって偏光面を回転させる.この偏光状態を変える数kHz信号にロックインして信号検出することで,p偏光とs偏光のスペクトル差分を検出することができる.この方法ではPEMの変調効率が波数により変化することと,そのため着目する波数域に効率が高く得られるように調整することが肝要である.繰り返しになるが,ガスの信号はpとs偏光で変化は見られないので相殺される.

2.6.7. エリプソメトリ(単色レーザー、可視分光法、赤外分光法)

 さらに偏光解析,エリプソメトリでは偏光子を45°に固定しておき,試料面による偏光変化を,別の位相変調器(PEMや機械的に偏光子を回転させている)を組み合わせて取得する.要は,直線偏光された入射光に対する楕円偏光で表した強度比(ψ)と位相(Δ)の変化を計測する.今でも光源はHe-Neレーザーといった単波長で測定するものから,Xeランプのような多波長の光源を分光測定するものがある.紫外域にわたる領域を対象とする場合には,そのための透過窓を真空チャンバーに用意する.偏光解析する場合には窓による偏光状態の変化も気にしなければならないため,無歪みガラス窓を使用した方が良い.また窓の汚れなども影響するので,堆積性のプラズマを対象とする場合には,シャッター取りつけや定期的なメンテナンスなどが必要なことがある.

 理にかなったエリプソメトリで光学定数変化を得られるものであるが,明るい光源を用意できない場合や薄膜測定などで高感度が要求される場合には,偏光子や位相変調器などを組み入れた光学スループットが得られるのかについても考慮しておく必要があろう.特に可視光の分光エリプソメトリの場合には,化合物半導体(GaAsほか)やシリコンなど,金属酸化物やカーボン系でも,バンド間遷移の吸収があり,結晶ではファンホーブ(van Hove)特異点に由来する吸収特徴(E1,E2など)が光学定数に見られるので,薄膜の観察においても威力を発揮する.ただし,透明膜や観察領域で大きな光学定数変化をもたらさない対象の場合には光学スループットを下げることのデメリットが問題になる場合もある.

6.2.8. エッチング中の実時間その場観察の実際

 ここでは一例としてプラズマエッチング中の表面をその場観察する方法について紹介する.プラズマ技術の中でも断面を垂直にもってマスクパターンを転写する異方性エッチングといった微細加工は難易度が高く,一体表面で何が起きてそれが実現されるのか,制御の面からも大変重要であった.特に同じプロセスを施してもエッチングされる材料とされない材料といった材料選択性の問題は表面の化学反応に由来しており,現在では下地材料が削れていく中でも反応層が定常的に表面を覆っていることが分かっている.

 プラズマプロセス中の表面その場観察を歴史的にみていくと,ここ20年に限っていえば,1991年当時広島大学のKawamuraとHoriikeらがGeの全反射吸収(ATR)プラズマを使ってテトラエチルシランのプラズマ下流でのシリコン酸化膜堆積中の観察を行っている.他にも同大KotoとMiyazakiらはAr+NF3のプラズマ下流のSiのATRプリズム表面のSiFについて観察を行っている.1993年の当時AT&T社のベル(Bell)研のZhouやAydilらはSiやGaAsのATRプリズムでのSiHやNH,AsHといった表面パシベーションを観察した.1994年にはBaileyとGottschoがSiのATRプリズムを使ってシリコン窒化膜の堆積について実時間解析したことを報告している.1996年には京都大学のTachibanaとShirafujiらによって赤外偏光解析の観察結果が報告され,このグループとは別にもフランスのDerevillonらが別に開発してシリコンのプラズマCVDの観察をおこない,この研究は現在埼玉大学のShiraiらによって積極的に行われた.その後もSakikawaとHiroseらのGeプリズム上に堆積したSi表面の観察や日立のKawadaらのエッチャーの内壁のSiO膜の堆積状態の観察,NishikawaとOnoらによるシリコンの塩素化の反射吸収分光(RAS)方法による観察,名古屋大学のHoriらのCF2ラジカルによるポリマー堆積過程の観察,東北大学のNiwanoらによって300mm径のSiウェハでのATR観察,長崎大学ShinoharaとFujiyamaらのカーボン堆積に関する研究などの試みもある.RAS法では金属の埋め込み層を形成し高感度化を確保し,表面は半導体とする方法がBermudezによって提案され,分子研のUrisuらによってもその有効性が報告されている.上記は一例であるが,プラズマ中のその場観察では,装置に合わせたある意味テーラーメイド的な手法を構築する必要があるため,観測対象に応じたセットアップを用意する上で過去の取り組みを参照することは必須になろう.また,CVDでの報告はもっと多数あり,ここでは割愛したが原理的にプロセスの結果が堆積しており,エッチングでの下地材料が消えていく減少を伴わないため比較的容易である.

 シリコン上シリコン酸化膜のフルオロカーボンプラズマエッチング中に限ってみていけば,1992年に当時IBMのOehrleinとHaverlagらがエリプソメトリ法による観察結果として,偏光角の時々刻々変化する様子を報告している.当時としては先進的なその場観察の成果であったが,偏光角だけからはエッチング以外の要素,表面堆積するポリマー膜の存在や基板温度の変化,基板損傷の影響による光学変化について不確定な要素が残ることは否めなかった.その後,1997年にはMarraとAydilがIR-ATR法によって類似のプラズマエッチング中に表面堆積するポリマー膜の観察結果を報告した.これまで説明してきたような表界面の分光の基礎を考えると,酸化膜とポリマー膜の吸収係数はかなり異なっている.このことは,常識的に有機膜の振動子強度は低く,シリコンと酸素のイオン性を強く含む共有結合に由来する酸化膜の振動子強度の強いからである.曰く,同じ膜厚の変化であってもスペクトル上の信号強度は,この場合10倍近く酸化膜の方が大きいのである.さらに2000年に当時ASETのIshikawaとSekineはポリマー膜の観察に注力し,100mm長さをもつGeウェハで内部反射による表面検出回数を100回として,信号強度として邪魔になる酸化膜厚を極力薄くすることで,エッチング中にも係わらず表面に薄く堆積するポリマー膜の形成過程を実時間その場観察した.ここではエッチング中の表面観察の難しさを如実に顕わにしている.つまり,エッチングにより減少する1200cm-1以下にSi-Oに由来する酸化膜の下向きの信号と定常的にみて堆積している1220cm-1ほかにポリマー膜の上向きの信号が重畳して測定される.このとき,ポリマー膜や酸化膜の誘電関数をパラメータ化しておき,この測定されたATRスペクトルを解析することで重畳されたC-FとSi-Oの成分分離を行うことで両者のエッチング開始からの時間変化を評価することが可能となる.このとき注意すべき点は,プラズマプロセス中のその場測定中における基板温度の上昇である.エッチングでは堆積に比べ,それが顕著である.ATRプリズムとして働くGe基板の温度が上昇すると電導キャリアの発生や格子振動により透過率が徐々に下がる傾向を示す.したがって,基板冷却をおこない,ウェハの温度変化は避けなければならず,やむを得ず温度が変化する場合には,その効果を考慮してスペクトル解析されることが肝要である.また,100回全反射吸収が行われることによって,窓に付着した膜からの信号を生じたとしても2回に過ぎないため,ほぼ無視できることが分かっている.

 すこし専門的な例であったかもしれないが,技巧としては先進分野について紹介したつもりである.エッセンスをこれからの分野に応用していただければ幸いである.

2.6.8. 最近の動向

 表界面の解析の進展をみると,非線形光学の活用が見逃せない.高調波分光(SHG,THG)や和周波振動分光(SFG)は注目されている.これまでは光に対する物質の応答は線形の範疇で説明してきた.レーザーなどを使って光電場の強度が高くなると,その比例関係は破綻して非線形性を考えた方いい.まず2次の効果から考えてみよう.ある振動数をもつ入射光が二次の効果をもつとは,光電場E( )の2乗に比例するので,分極Pは で与えられる.展開すれば

となることは簡単にわかるだろう.つまり2倍の振動数をもった第二高調波発生,和周波発生,差周波発生が見られることを意味する.このとき,分極する媒質の反転対称性を考えておかなければならない.バルク部分での反転対称性,符号を反転しても(Pと-P)が同じであることから偶数次の場合には相殺されてゼロになることを意味している.ただし,反転対称性の崩れている表界面では相殺されないため,異なる振動数もつ光を入射して上述の通り発生する和周波を分光取得する方法がある.強調すべきことは,これまで線形光学の分光法では真の表面を観察したい時にもバルクの影響が無視できなかったが,SFGなどの非線形分光では原理的にバルクの影響を無視できることは重宝する.今後の発展が期待される領域である.

2.6.9. まとめ

 本節ではプラズマプロセスにおける表界面の計測方法として,その場・実時間で評価する方法について着目して述べてきた.主に赤外~可視領域の分光の原理と装置に関して説明してきた.最後に,プラズマエッチングでの実例と最近の動向として和周波振動分光について説明を加えた.

参考文献

サラ 基本 光工学1,2(森北出版)
 プラズマプロセス中の計測技術について専門のテキストは林康明編の「プラズマプロセスのモニタリング技術と解析・制御」などが挙げられる.

(c) 2012 Kenji Ishikawa


Last-modified: 2020-11-20 (金) 23:09:38